医療安全対策
平成20年度医療安全セミナー(講演要旨)
日 時
平成21年1月10日(土)
場 所
とちぎ健康の森 講堂
講 師
自治医科大学医学部医療安全学教授
自治医科大学シミュレーションセンター長
河 野 龍太郎 先生
主 催
栃木県医師会
講演要旨
人間は興味のないものは見えないのです。
昨年4月に自治医科大学に転職して、昨年1年間病院を診て回った結果、医療施設では、非常にリスクは高く危ない部分がたくさんありました。一寸間違ったらあっという間に事故になるという構造がいっぱい見えました。
皆さん方はもしかすると麻痺して見えないのかもしれませんが、私は非常に気になる部分がたくさん見えます。
最初にお願いしたいのは、皆さん方がそういう見方をしないと“やられますよ”ということなのです。是非、そういう感覚を身につけてエラーに“やられない”ようにしてほしい。
まず、最初に安全な医療はないということを理解してほしい。
世の中にはリスクしかありません。リスクのレベルが医療システムは他のシステムに比べて非常に高いのです。
安全の定義が書いてありますが、ISOの定義ですが、『受け入れることのできないリスクがないこと』安全がリスクで定義されているところは非常に面白いところです。
イギリスのマンチェスター大学のジェームズ・リーズンという心理学者がいます。世界のエラー研究の権威ですが、その人が、組織事故というものを書いており、その中で例え話で安全取り組みについて書いています。彼が言うには「安全への取り組みは最後の勝利なき長期のゲリラ戦のようだ」といっております。「セーフティー・ウォー」という言葉を使っております。
『決して勝たない、決して終わらない、敵を見分けるのが困難。手を抜くとやられる。やられたらリターンマッチはない。』これが、まさに安全への取り組みだというのです。
エラー誘発要因は隠れています。皆さん方はそういう目で見ないと発見することができません。手を抜くとやられます。
「誰々さんのレントゲンの準備が出来ました」と病棟に電話して、患者さんを連れてきます。病棟の看護師さんが連れてきたのだから、間違いないだろうと思って撮影すると別な人が入ってきたりするわけです。従来のプロシージャーをスキップしてやるとやられるんです。
しかも、医療事故で失われた命は帰ってこないということですから、まさにセーフティー・ウォー、安全の取り組みはこのように例えることができると思う。我々はエンドレスの戦いをやっていかなければならないということです。
戦争といえば、有名な、孫子の兵法の中に『敵を知り、己を知れば、百戦危うからず』ということ、つまり、自分のことを知って敵のことを知れば負けないですよということを言っているわけですが、まさに安全の取り組みもこれが例え話としてできるわけです。
敵を知るという意味では事故の構造を知ること、ヒューマンエラーは何故起こるのか、時間軸に沿った事故の構造や因果関係に沿った事故の構造をきちんと理解すること。自分のことを知るという意味では、生理的、心理的、社会的特性、を理解して対応しましょうということ。しかも“知る”というのは直感ではなくデータに基づいて知らなければ駄目です。
私達にできるのはリスクをさげるための努力しかない。努力ですから実るとは限りません。ですが、できることは、一つでも良いからリスクをさげる努力しかない。
記憶に頼る仕事をなくせばリスクは下がります。完璧なものはないですから、一つ似たものを排除すればリスクはちょっと下がります。そういったことを重ねながら、受け入れることのできるレベルまでどうやって下げるか、これしかないのです。
しかも、厄介な特性を持っていまして、油断するとすぐリスクは上がります。ですから常に上から叩いていくという努力をしなければならないということです。例えば、「山本さん、今日はいい天気ですね。」「ええ空が青くて気持ちいですね。」という会話をしている2人のうち話しかけられたのは、“山本さん”ですよね。
ところが、こういう推定をすると医療システムはエラーにやられるんです。
具体例を出します。平成11年1月11日横浜市立大学附属病院患者取違え手術事故がありました。
明日でちょうど10年が過ぎるのですが、この中に、まさにそれが書いてあります。
2人の患者さんがいて、一人は肺の手術、一人は心臓の手術をするはずだったのですが、途中で入れ違えまして手術が終わったんです。
この報告書を丁寧に読んでいきますと、何処でエラーが起こったのかということが書いてあります。
手術室の廊下で起こったと書いてある。
病棟看護師のCさんが、AさんとBさんをストレッチャーに乗せて、手術室交換ホールに行きました。そしてAさんを手術室側に置いた。
そうしたら、Dさんという手術室の看護師さんが、「金曜日にお伺いしましたDです。Bさん良く寝むれましたか。」と聞きました。Aさんに対して、Bさん良く寝むれましたかと聞いたんです。そしたら、Aさんが「はい」と返事をしたと書いてあります。
その二人の会話を見ていた、EさんとFさんという看護師さんが「ああこの人がBさんなんだ。」と手術室に連れて行ったと書いてあります。
一審判決では、このDさんの罪は非常に重かった。二審判決では軽くなりましたけれども。
私は、『他人の名前を呼ばれて返事をするやつが何処にいるんだろう』と非常に素朴な疑問を持ちました。
ところが、この話は一切裁判の中で出ず、Dさんばかり悪者のように言われるのです。
私には、人の名前を呼ばれて返事をするやつが何処にいるのか、普通の常識では考えられなかったので、横浜市立大学附属病院のドクターの研究会がありましたので、そこで聞いたんです。「なんでAさんは“Bさん”と話しかけられたのに、返事をしたんでしょうか」。そうしたら、ドクターから「二つ理由があるのではないか」ということを教えていただきました。
一つはAさんが高齢だったので少し難聴気味だった。
もう一つは、手術の前には軽い麻酔をするので意識がぼんやりすることがあるということでした。
また、研究会に来ていた看護師さんにも「こんなことあるんですか。患者さんは、こんなことで返事するんですか。」と聞きましたら「外来の患者さんでは、結構ありますよ。“なになにさん”と名前を読んだら、ぜんぜん違う人が来るんですよ。目の前に座って『“なになにさん”ですね』と全く違う人の名前を言っても『はい』と返事をするんですよ」ということを言われたのです。
私はこれを聞いてびっくり仰天したんですね。
そんなことがあるのかということと同時に、実は患者が『はい』と言ったことにびっくりしたのではなく、医療関係者は、“患者は、他人の名前で『はい』と返事をすることを知っていたこと”にびっくりしたんです。
『患者は他人の名前でも「はい」と返事をするにも関わらず、何の対策も取っていないという医療システムって何なんだろう』というのが最初の疑問だったんです。
患者は「はい」と返事をするんですよね。だったらそれを前提として仕組みを作らないといけないのですが、そういう仕組みが全くないというので、私の医療システムを知った最初の印象は“ヒューマンエラーに対してシステムとしての対策が殆どとられていない”というものが10年前の私の正直な印象でした。
医療技術は兼ね備えているのかもしれないですけれども、“安全管理技術は建設工事現場以下”です。
皆さんがよく見る駅の工事現場で使われている安全管理技術は、病院よりはるかに上です。皆さん方は興味がないから見えないんです。例えば、工事現場には安全掲示板があり、有資格者の一覧表や健康管理まできちんと書いてあります。普通の判例です。
また当時、医療関係者にKY・TBM・指差し、5S、いろんなものを照会して、『“KY”って知っていますか』と聞きましたら、知らない医療従事者が山ほどいました。殆ど知られていません。「TBMって何ですか」という質問もありました。
『“指差し”やっていますよね』と聞きましたら「やってない。じゃあやろうか。」とか、『“5S”は当然やっていますよね』と聞きましたら、「5Sってなんでんすか」という驚くべき答えが返ってきました。
ですから、私はすでに産業界でやられている技術を、まず徹底的にやるべきだと思ったんです。今日はその話も少ししたいと思います。
今日はヒューマンエラーは何故起こるのか。
それから、チームパフォーマンスの話、それから医療安全のための活動として、なにをしなければという話しをします。
まず1番目、ヒューマンエラーは何故起こるのかということですけれども、例えば警告音にきづかず患者が一時心肺停止というものがあります。
私は、もともと工学部なのですが、今から確信を持って皆さん方に警告を与えていきますけれども、心電図モニターの見落としによる死亡事故は今後も続くと思います。それくらい心電図モニターは問題が多い。
私は東京都内の大きな病院で3件、連続した死亡事故を知っていますし、1件は調査しました。
その調査で分かったのが、フォールスアラームが山ほどあるんです。つまり、本来であれば、心臓の弱い電力をピックアップしまして、それを増幅して、パターンマッチングをしながら異常があったときに教えてくれるのが心電図モニターですが、本来のVTとかでなるのではなくて、患者が動いた事等によりしょっちゅう鳴るわけです。そうすると、人間は“なれる”わけです。なれてしまって「ああ、いつものあれね」と行かないんです。実はそれで3件死んだ。
そのために、私は実際にモニターの前にビデオカメラを付けてデータを取ってみました。そうしたら、その病棟では3台のモニターがついていまして、昼間の1時間なのですが、誤報率が94.6%でした。こういうものは殆ど警報として役に立ちません。
ある病院に行って見て回っていたら警報が鳴っていたんです。それで、看護師さんに「看護師さん、これ鳴っていますよ」と言ったら「ああ良いんです」と言うんです。「あれは〇〇先生が△△患者さんのことを処置しているのでピーピーなっているんですよ。だからほったらかしで良いんです」と言うんです。良い訳がない。これが非常に危険であると言うことが分かりますか、ものすごく危険な、リスクの高い状態にあるということが理解できないとしたら、それは非常に問題です。
実は、その東京で起こりました3件連続の2番目は、まさに同じ状況だったのです。あるドクターが処置をしているときにピーピー鳴っていた。その間に別のアラームがなったが、全く気がつかず、行ってみたら死んでいたということなのですが、モニターアラームは消さなければならないんです。なぜなら、一つなっていると次のアラームが分からない。
これはリスクの非常に高い状態ですが理解されていない。それで調べてみると、心電図モニターの教育がされていない訳です。パットのはり方がどうやったらノイズを拾わないかという教育をきちんとされていないので、余計なアラームがなってしまい、リスクはどんどん高くなるということです。
ですから、私からお願いしたいのは、“やるべきことをきちんとやりましょう。そしてリスクを下げましょう。”ということを今一生懸命言っているのです。
別の例で、スイッチの入れ忘れ。これは非常に頻繁に起こります。
こういうのがありますと典型的な反応は、「交換が終わったらアラームスイッチをオンに戻すことぐらい当たり前でしょう。ちゃんと注意しなさい」。本人も非常に反省しまして、「申し訳ありませんでした。以後のこのようなことがないように気をつけます」ちゃんちゃんで終わっている。
これがまさに、ヒューマンエラーの古典的反応です。
「一人前のプロはエラーをしない。エラーをするようでは一人前ではない」ということを堂々と言うわけです。「初歩的なミスだ」、「精神がたるんでいるからこんなことになるんだ」、「集中力が足りないからこんなことになるんだ」という具合に、ずっと医療関係者はやってきたんですね。特に「一人前のプロはエラーをしない」、これは堂々と正しい表現のように聞こえますが、これは全くの間違いであります。一人前のプロでもエラーをするという認識が必要なのです。
一つの反論をいつも出していますけれども、1977年、テネリフェという空港があるのですが、そこで、世界最大の航空機事故が起こりました。580名以上が死にました。
それは何かといいますと、滑走路上で、ジャンボ機同士が正面衝突したんです。
その原因についてはいろいろあるんですが、その最大の理由は何かと言われているのが、このKMの機長は離陸の許可がないのに、離陸を勝手に始めてしまった。霧が非常に濃かったため前が見えなかった。パンナムがまだその滑走路を移動中であった。それで、目の前からパンナムが出てきまして、危ないと思ったKMの機長は操縦かんを引いたのですけれども、滑走距離が短かったり国際線だったもので燃料を満タンに積んでいたということもあり、残念ながら、ジャンボ機同士ちょうど上のほうの2階席をヒットしまして大爆発を起こしまして、580名以上死にました。未だにこの記録は抜かれていません。
離陸の許可がないのに勝手に離陸をしてしまうこのパイロットはとんでもないどじ野郎で、どうしようもないやつだと思って調べてみますと、まったく反対で超エリートです。パイロットの中でも見当たらないくらいの超エリートです。飛行時間で大体能力が分かるんですが、飛行時間で見るとものすごい時間を飛んでいて、教官としての経歴もあって、KMのパイロットは殆どこの機長の教育を受けていて、将来の重役候補。それから、うちにはこんなすばらしいキャプテンがいますと機内誌に紹介されるくらいで、さらに私の聞いたところでは、弁護士の資格まで持っているという、殆ど他には見当たらないくらいの超エリートが世界最大の航空機事故を起こしているという、一つの反論をもって一人前のプロでもエラーをしますよということを私は言っております。
皆さん方も分かりません。今日まで大丈夫かもしれませんが、明日は分かりません。明後日は分かりません。我々はいつでも、そういう環境の中におかれているということなのです。要するにヒューマンエラー発生原因に対する考え方があまいんですね。
一人前の人はエラーをしないとか“精神がたるんでいるからエラーをするんだ。注意力が足りないからエラーをするんだ”という考え方があまいんです。エラーの原因に対する詰めがあまいんです。
こういう古典的な考え方でいると大体3つの対策をとる方法を言います。
安全管理者や病院管理者が古い考えでいますと、例えば気をつけるべきことを文書で配ったりミーティングで周知をしたりする。
ポスターを貼ったりします。
それから安全に関する講演会を開催し、「自分のやることは終わった。後は現場のほうが頑張ってくれ」だけなんです。詰めがあまい。
残念ながら、この3つは、安全対策のワースト3と皮肉に言っています。残念ながらこの3つは効果が期待できませんので、やらないほうが良いです。
あまい考えに基づいた考えでは詰めがあまいので、もっともっと対策をとってくださいということです。
例えば、いつもやっているゲームで、両手を机の上かひざの上においてグーにしてください。指は動かさないでください。すべて頭だけでやるという簡単なゲームです。
それではやってみます。“なんと読みますか”というクイズなんですが、『木へんのゲーム』ですけれども、
木へんにおおやけと書いてなんと読みますか。松ですね。という具合に聞いていきますので、答えていただければ結構です。
では
木へんにおなじ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・桐(きり)
木へんにはる・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・椿(つばき)
木へんになつ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・榎(えのき)
木へんにあきは、調べたらありましたけれども、馴染みのない植物だったので、問題を変えて、
木へんにかぜ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・楓(かえで)
木へんにふゆ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・柊
そうです、ひいらぎと読みます。あの、ちくちくするやつ。クリスマスのリースにしたりしますけれども、木へんに冬と書いてひいらぎと読みます。
次、ちょっと難しいですよ。
木へんにかみさまのかみと書いてなんと読みますか・・・・・・・・・・・・・・・・・榊
そうです、さかきですね。あの、神棚に上げるやつなんですが、常緑広葉樹の木へんに神と書いてさかきと読みます。
ここで問題です。分かった人だけ黙って手を上げてください。
一言もしゃべらないでください。
木へんにいっすんぼうしのすんと書いてなんと読むか分かった人、何人いますか。はい、1人、2人、3人。はい結構です。
分からない人、正直に手を上げてください。結構いますね。
はい、これでクイズ終わりです。
今、分からなかった人は、小学校1年生やり直し。
なんですか。
“村”ですよ“村”。こんなの小学校1年生で習いますよ。
こういうことは簡単に起こるんですね。
思い出せないんです。いままでいろんな病院でやりましたけれども、「こんな漢字はないよ」という人もいました。
それはなぜかというと、私が思い出せない状況を作ったんです。
最初、木へんに公で松、同じと書いて桐、春と書いて椿、だんだん頭の中に木のイメージがどんどんどんどん出来上がってきます。
木へんに冬、あのちくちくする葉っぱだよなとイメージが浮かびます。
「難しいですよ。木へんに神」と聞いて「なーんだ簡単じゃないか」と思った瞬間、その人の頭の中には木がいっぱい生えているわけです。
それで、次の瞬間、木へんに一寸法師の寸と言われたら、いくら考えても木が生えてこないんです。そして「そんな漢字はない」という人がいるんです。
という具合に環境によってパフォーマンスが変わってくるんです。
いま、思い出せないというパフォーマンスの経過を私は示し、皆さん方に体験してもらったわけです。このように人間は環境に非常に影響されるんです。
こんなのもありますよ。
看護師は点滴パックに薬剤をつめる作業をしていました。
点滴パックに患者の名前“田中義之”さんを書く直前、同僚の看護師から聞かれました。「昨日、301号室に入院した患者さん、あれだれだったっけ。」これに対し「ああ、あの人、山本義男さんだよ。」と答えて、そのまま、点滴パックに山本義男さんと書いた。
こういうエラーが簡単に起こるんです。しかも気付くのが非常に難しい。だから、注意しろ!注意しろ!と言ったって、やはりある程度限界があるということを考えなければいけません。
しかも、先ほどの3つの対策の共通点は何かといいますと、すべて“意識に対する対策”です。ところがヒューマンエラー対策の中で一番難しいのは“意識への対策”です。意識を制御することは非常に困難か、あるいは不可能なんですね。にも拘らず、いままで医療システムは「しっかりしなさい。注意しなさい。」ということを散々言いながらやってきたので、非常に脆弱なシステムになってしまったということが言えると思うんです。
人間は環境に影響を受けやすいですから、注意は持続できないし、記憶が続かない、すぐ忘れる。忘れるだけならまだ良いです。一番問題なのは記憶内容が変容するんです。「ピンクのあれ持ってきてくれ」と言われて、今は「20ゲージ」なんですけれども、古い記憶で対応するわけです。「18ゲージ」なんです。そうしたらもう駄目です。
注意も記憶も完璧ではないということを、我々は理解して対策をとっていかなければいけないのです。
そこで、エラーの内容を説明するために、たとえ話をします。
月明かりの中、ヨーロッパの冬の夜だと思ってください。一人の旅人が、とぼとぼと夜の10時くらいに歩いています。本当は、目的地があったんですけれども目的地に行くまでに日が暮れてしまいました。困ったなと思って、ふとあたりを見渡すと宿屋が見えました。旅人は、「助かった。今日はもうやめて宿屋に泊まろう」と思いまして、その旅人は、目の前が平原でしたので、平原をまっすぐいって近道をして宿屋に着きました。そして、泊めてくれといったら、宿屋の主人がいいですよということで、旅人は「助かった」と思ったんですね。そうしたら、この宿屋の主人が聞いてきたんですね。「旅人さん、あなたはどこから来たんですか?」。そしたら、旅人は「私は、あそこの道を歩いていたんだけれど、日が暮れて遅くなったんで困ったなと思ったら、この宿屋が見えたんで、泊まろうと思って、道から外れて近道で平原をまっすぐ通って来ました。」ということを言いました。そうしたら、宿屋の主人がびっくり仰天して「あなたはなんということをしたんですか」。その答えを聞いた旅人は卒倒しそうになりました。
それはなぜか、旅人が、平原だと思って近道をしてきたところは、実は湖だったんです。冬の夜で薄い氷が張っていてその上に雪が積もっていたものですから、旅人には平原に見えたんです。ところが薄い氷ですから、非常に危険なところなので、土地の人だったら絶対にやらないような危険行為を、この旅人は何にも考えないで平気でやってしまったということなんです。
我々は、自分の行動を決定するときに物理空間でものを考えているのではなくて、常に自分が理解した心理空間の中でものを決定しているということなんです。
ですから、ヒューマンエラーをした人は、自分はその瞬間はエラーをしたと全く思っておりません。自分は正しいと思って行動しているのです。この部分を明らかにしないと、ヒューマンエラーの理解は非常に難しいということです。
ですから、これを理解するためには、薄い氷の張った湖を横切ったという行動の裏には、横切っても良いと判断した。その判断には判断根拠があり、常に行動の裏にはこういう判断があって自分は正しいと思っているんです。ですから、ヒューマンエラーに対するときは、常にこの人が何故こういう行動を取ったのかという心理空間をあきあらかにして理解しなければいけないということです。
要するにヒューマンエラーというものは、人間の生まれながらに持つ諸特性と人間を取り巻く環境によって行動が決定され、その行動が、ある期待された範囲から逸脱したものがヒューマンエラーだということなのです。つまりヒューマンエラーは原因ではなくて結果だということです。
事故報告書はヒューマンエラーを原因として書いてありますが、ヒューマンエラーの視点から見ると結果です。しかも環境が非常に影響しているということを理解してほしい。こんなのは、簡単に起こります。
例えば、子どもがやる『10回言ってゲーム』がまさにそれなんです。
『シャンデリア』を10回言うんです。ただこれだけです。声に出してください。
さんはい!
“シャンデリア”
“シャンデリア”
“シャンデリア”
“シャンデリア”
“シャンデリア”
“シャンデリア”
“シャンデリア”
“シャンデリア”
“シャンデリア”
“シャンデリア”
問題です。ウォルトディズニーのお話しで森の中で7人の小人達と住んでいた、あのお話しは何ですか?・・・・・。
白雪姫が答えなんですけれども、『シンデレラ』と答える人が非常に多いんです。今日も何人かいましたね。
こういう具合に、簡単に人間は環境によってやられるんです。だからこの種のエラーはみんなでやったら気がつくんですけれども、自分一人でやったら全く気がつきません。これはスリップ現象と言います。
ある薬をずっと触っているとき、ひょっと何か聞かれたときに、その薬の名前が、ぽっと出てしまう可能性が十分あります。
そういうものに対して『注意せよ!』では、もう限界があるということです。不可能なんです。
ですから、まず認識を変えていただきたいのは、一生懸命やってもヒューマンエラーは起こるという認識を是非していただきたいということなんです。要するに言い方を変えるとエラーをした本人だけ悪いのではなくて、人間には変えられない特性がたくさんあり、しかも医療システムは全体の問題で、私の見たところ非常に問題が多いです。
人間の変えられない特性とは、いくつかあるんですけれども、例えばこれがそうですね。
ついこないだ出ました事故なんですけれども、ドクターが“サクシン”と“サクシゾン”を間違えまして、看護師さんが「本当にサクシンで良いですか?」と聞いたんですけれども、ドクターにとっては、「サクシゾン」と聞こえたんですね。それで大変なことになったんですけれども、これはまさに人間は“聞きたいものを聞く”という特性があるからこうなるんですね。
同じような例をあげます。
医師は「A注射薬半筒を生理食塩水に溶かして点滴投与してください」と電話で言ったんです。
それを聞いた看護師さんは「A注射薬3筒ですね」とちゃんと復唱した。
それを聞いたドクターは「そうだ。半筒だ」とまた言って、「はい。分かりました」と3筒投与して死亡事故ですよ。
ドクターは2分の1アンプルのつもりで半筒と言いました。それが看護師さんには3筒と聞こえたので、手順どおりチャンと復唱しました。ところが、また同じようにエラーが入りまして、結局死亡事故。この2人は書類送検されたんです。
アンプル半分という意味で半筒と告げたところ、看護師は3筒と聞き違え、通常の6倍以上の薬を投与して約1時間20分後に男性を死なせた疑いです。幸いなことに起訴はされませんでした。しかし、死亡した人はもう戻ってきませんよ。もし、皆さん方、「不整脈治療をやるから、元気になったら温泉でも行こうか」と、にこにこ入院した自分の父親が、しばらくしたら電話があって、「大変なことになりました」、行ってみたら死んでいた。原因を聞いたら「半筒と3筒だ」。どう思いますか、皆さん。たったこれだけなんですよ。死んだ人は帰ってこないんです。
これは完全に、管理の問題です。
要するに、我々人間は物理的な音をそのまま聞いているのではなくて、聞きたいものを聞くという特性があるんです。ですから、ポンプBの起動を待っている現場の作業員に対して、「ポンプD、起動」と無線で起動命令を与えると、「ポンプB、起動」に聞こえて、Bのボタンを押してしまう。
後で命令を与えた人が、この作業員に向かって「あなたは何を聞いていたんだ」と攻めたとしても、この作業員はまじめな顔をして「いや、私は“ポンプB、起動”と聞こえました」。うそを言っている訳でもなんでもないんです。本当にそう聞こえるんです。こういうものの対策はどうしますか。
よくあるのが、“よく確認せよ!”ですが、先ほどの半筒と3筒、ちゃんと確認しています。でもエラーは起こったのです。どうするか。
例えば、これを航空管制官が言ったとします。“ポンプD、起動”ということを言わなければいけない場面があります。航空管制官が無線通信でこれをやっているとします。そうすると、彼らは「ポンプD、起動」とは言いません。なんと言うかというと、「ポンプ“デルタ”起動」と言います。参考までに「ポンプB、起動」はなんと言うかというと「ポンプ“ブラボー”起動」と言います。
つまり、BとDはどちらも破裂音で、音が似ているサウンドアライクで、これを無線通信でやっていると、どっちか良く分からないし、もともと人間は聞きたいものを聞く特性を持っているので、先回りしているんです。それで、『Bはブラボーと言い換えなさい。Dはデルタと言い換えなさい』ということが世界中で決まっていまして、聞きたいものに聞かせないという管理をシステムが取っているわけです。
Aはアルファ
Bはブラボー
Cはチャーリー
Dはデルタ
Eはエコー
Fはフォクストロット
Yはヤンキー
Zはズールー
と言いなさいということが決まって、人間の特性を否定するのではなくて、人間の特性を肯定して、エラーが起こらないように先回りして、聞きたいものに聞かせないと言う工夫をしているんですね。こういう考え方が、医療システムにないんです。ですから、聞き違いが起こるんですね。こういうものを考えながら、リスクをさげることを考えなければならないと思います。
更に、人間の特性として忘却曲線があります。有名な曲線なんですが、私が一生懸命レクチャーしているんですけど、私のレクチャーが終わった30分後には、皆さんの頭の中から40%が消えます。1時間後には60%が消えます。そして、3日もすれば80%も消えるというデータがあるんです。ですから、私はある意味むなしさを感じながらやっているんですが、これは変えられないんです。中には3日たっても20%覚えているではないかという、積極的な肯定的な人もいるかもしれませんけれども、しかも、このデータは、皆さん方には当てはまりません。このデータソースは大学生です。皆さん方は、学生からずいぶん過ぎた人とそうでもない人がいると思いますが、50歳を過ぎた人は、殆どもう絶望的です。家に帰って風呂に入る前に、殆ど消えてしまいます。だけどこれは、変えられないんですよ。「根性で覚えておけ」と言ったって、それは人間特性ですから無理だってことです。ですからすぐ分かります。“記憶に頼る作業は危ないぞ”ということなんです。だったら、対策は、記憶に頼る作業をできるだけ少なくして対応策を取りましょうと考えなければいけないのですが、「しっかりしろ。覚えておけ。・・・」で、間違ってやられているという現状があります。
ヒューマンエラーとは何ですか。何回も言います。人間の持っているそういった諸特性と環境が非常に影響していて行動が決まって、そして基準から外れたものがヒューマンエラーだということなのです。
医療システムの特徴は、私が見たところ、安全のための管理が全く不十分なんです。構造上の問題が2つありまして、1つは“ヒューマンエラーを誘発する要因の数や種類が極めて多い。”にもかかわらずディフェンスが弱いんです。起こったときに止める工夫が弱いんです。
エラー要因が多いというのは、医療タスクの特徴を見ればすぐ分かります。
・中断作業である。
・多重タスクである。
・患者の状態が全部異なる。
・機関的圧力が高い。
・情報の種類が多くて、量が多い
・通常状態がなく異状状態です。患者は常に異状状態ですね。
たくさんエラー誘引要因があります。山ほどあります。
はっきり言いまして、私の見たところ、オーダリングシステム、電子カルテシステムのインターフェースは非常に悪いです。それから、メーカーごとの色分け、人間関係の問題、ナンセンスな環境、教育の問題、もういろんな問題が医療システムにはありまして、こうゆうことが皆さん方のエラーを引き起こすんです。
ジェームズ・リーズンの“スイスチーズモデル”というものがありますが、多重の防壁を普通システムは用意するのですけれども、それが医療は全く弱いのです。
私航空管制官のとき私自身がエラーをしましたから、そこからスタートして研究を始めたんですけれども、パイロット、原子力発電のシステムを見ますと、医療システムの特徴は、他のシステムに比べエラー誘発要因が山ほどあって、ディフェンスが“ペラペラ”なんです。
ですから、医療事故は何故多いのですかというと、皆さん方が決してぼんやりしているから多いのではないんです。私が見たところ、それはシステム構造上の問題です。つまり、エラー誘発要因が多くてディフェンスが弱いので、“あっ”という間に事故になる構造がそこにあるのです。ひとつでも、エラー誘発要因を少なくしてディフェンス力を付け加えましょう、構造を変えましょうということを私が今一生懸命訴えているところなんです。
ではどうすれば良いかということなんですけれども、ヒューマンファクター工学の考え方は、人間の基本特性を否定しません。我々が“見たいものを見る、聞きたいものを聞く”という特性がある。それから忘却曲線という特性がある。これを否定してもどうしようもない。ですから、それを肯定して受け入れる。我々は見たいものを見るし、聞きたいものを聞くんだ、忘れるんだという前提のもとにシステムを組み上げるということです。
先ほどの聞きたいものを聞くと言う例では、Aはアルファ、Bはブラボー、Cはチャーリーと置き換えることによって、人間特性を先回りして、起こらないようにするという工夫をしている。そういうものを今後どんどんやっていきましょうということを訴えています。
医療は、お金がない、時間がない、人がいないというというリソースの制約条件があるため、完璧な対策は難しいので、私の提案は、できることは可能な限りリスクのレベルを下げることなので、一つでもいいからやりましょうということを訴えています。
次に、チームパフォーマンスについても少し述べたいと思います。
チームでもっとも大事なものはコミュニケーションです。私は医療の皆さん方のコミュニケーションを見ながら、“コミュニケーションて何なのかという技術的なものを分かっているのかな”という疑問を持っています。
コミュニケーションとは、『送り手と受け手が同じ意味で理解すること』です。これが理解できなければ、問題が多いということですね。
例えば、放射線技師さんが「Aさんの撮影準備ができましたので、病棟にAさんを連れてきてください。」と電話しました。
リーダーの看護師はAさんの担当看護師に伝えようと考えていたのですが、見当たらなかったので、Bさんの担当看護師Yさんに依頼しました。その日は2人の患者さん、AさんとBさんが撮影予定だった。看護師Yは目の前にいるBさんをAさんだと思ってレントゲン室へ連れて行きました。放射線技士は病棟の看護師が連れてきたので、間違いないと思ってAさんの名前で撮影しました。こういうことが簡単に起こります。
まずコミュニケーションてなんですかということを、分解して説明したいと思います。
実は、コミュニケーションのプロセスは結構問題があるんですが、
(1)まず送り手が送信内容を決定します。
(2)それを符号化、コーディングします。
(3)それを実際に身振り手振り、音声等を送り、
(4)物理的エネルギーとして伝えます。
(5)それを受け手が感覚器官で理解して、
(6)それをデコードして
(7)更にイメージを浮かべる
こういう、プロセスがあるんです。
大事なのは、送り手と受け手が伝達した内容を同じ理解したときに成立したというんですが、ではこれをどうやって保証するのかということです。
一つあるのが、送り手と受け手が照合することです。送り手が「分かりましたか」、受けてが「はい」、これではぜんぜん話になりません。
最低、受け手が復唱して、送り手がそれを照合するというTwo way communicationが絶対必要ですけれども、Two way communicationが医療ではやられていないんです。非常にこれが問題になっております。
コミュニケーションの場合は普通は先ほどので見ますと、受け手は今度逆に送り返すわけです。そして、送り手が、自分の言ったことを向こうがちゃんと言ってくれたので照合して分かったな、通じたなという具合にいくのが最低条件です。
そしてコミュニケーションプロセスのすべてに亘って、エラーの可能性があります。
ですから、どうやって対処していくかということが大事です。
例えば、まず、イメージをする段階で間違うともう駄目ですね。“ミステイク”だとか“記憶違い”、“思い違い”などがあります。
コーディングするときに、スリップ減少が起こったり、“OK”などの曖昧な用語を使ったり、指示代名詞なんかを使うと非常に危ないです。
典型的な例が、2001年に起こりました航空機のニアミスですね。ジャパネ7707を7758と間違えまして、非常に危ない10メートルの距離まで接近しました。これはスリップ減少です。
また、これは指示代名詞によってエラーが起こった例です。
マイアミで起こった事故なんですけれども、ロッキード1011という飛行機がマイアミ空港に着陸しようとしたんです。それでプロシージャーどおりギヤダウンをした。ギヤ操作装置は副操縦士の前にあって、ギヤダウンしてギヤが出るとグリーンのランプが3つつくんですけれども、ノーズギヤだけがつかなかった。
それで、ノーズギアが出ているか分からないので、ゴーアラウンドして、2000フィートでサークリングルートを回るという自動操縦装置にスイッチを入れたんです。
そこで、パイロット達は、なんでギヤランプがつかないのかと、トラブルシューティングに入りました。フライトエンジニアは、床にもぐっていきました。
機長とパイロットはランプ切れじゃないかということでやっていたんです。そうして時間がどんどん過ぎるんですけれど、途中でちょっと高度が下がったんです。チャイムが“ピンポン”となったんですがパイロットは全く気が付いていません。その機影をレーダースコープで見ていた管制官が、なんと言ったかというと、“あれ、高度が下がっているな”と思ったんで、「そちらはどうなっているんだ」と言ったんですね。そうしたらパイロット達はランディングギアのことだと思ったものですから、「大丈夫だ」と言って、コミュニケーションが成立しないまま墜落してしまったという事故です。
これはまさに指示代名詞の問題なんです。
ですから、“指示代名詞は危ないぞ”ということをまず考えなければいけないということがすぐ分かります。さらに、声が小さいとか発音が悪い、タイミングが悪いということもヒューマンエラーに関係してきます。
それから伝達するときにもそれが問題となって出てきますし、さらに受け手がこれを受けるときも加齢による感覚器官の問題だとか注意がうまくいかなかったということでエラーが起こっておりますし、更に曖昧な情報を推定で補ったりするときにエラーは起こるし、イメージするときに指示代名詞を別なものにイメージしたということがあるんですね。
実はコミュニケーションとして非常に厄介なのは、照合ですらエラーを引き起こすことです。照合して正しいと言ってもエラーを引き起こすという事例が、まさにこのTWA(トランスワールドエアライン)514の事故なんです。
TWA514がダラス空港に近づいたので、管制官にコンタクトを取ります。
そうしたら管制官が「TWA514,Cleared for approach.」と言ったんです。
そしてパイロットは「welldone.TWA514,Cleared for approach.」とちゃんと復唱しました。そして管制官は自分の言った言葉が伝わったと思ったんです。
ところがこれを復唱した瞬間、パイロットは高度をグーッと下げて手前の山にぶつかりまして死亡事故が起こりました。
後で大問題になりました。管制官は自分の言ったことがちゃんと通じたと思ったのに、こういう事故が起こった。だんだん分かってきたことは、実は“Cleared for approach”という言葉の解釈が、パイロットと管制官では違う解釈をしていたわけです。
つまり、管制官は、アプローチは1,800フィートから始まるんですけれども、その前に3,200フィートをきちんと守って(山を避けて)降りてくると思ったので、“Cleared for approach”と言ったんです。
ところがパイロット達は、“Cleared for approach”と言われたので、いきなり1,800フィートまで降りていいものだと思いまして、山に突っ込んでしまったという事故でした。
ですから、言葉の解釈も同じイメージでなければ危ないということです。
この事故以来、アメリカの連邦航空局はすべての航空用語を定義しまして、今出来上がっております。こういうものを使えばコミュニケーション上のエラーが起こらないように、この言葉はこういう意味ですよと定義をして、お互い同じイメージが浮かぶようにしているというところです。
こういうことが医療でありますかと言った時に、全く私はこういうものがあるかどうか探せないんです。ということはコミュニケーション上の問題が非常に病院では多いということが、すぐ分かります。
ですから、何回も言いますけれども、受け手が送り手の伝達したい内容を理解できてイメージできたときに始めて成立するということなので、この努力をしていかなければならない。
ところが、コミュニケーションになりますと阻害要因がいっぱいあるんです。特に人間関係、集団の圧力、権威勾配、服従の心理、いろんなものがありまして、例えば、集団の圧力などまさにそうなんですが、有名な例で、1960年代の古い実験で、大学の心理学の先生がいて、学生が数人おります。
先生は自己紹介をしまして「私は知覚心理学者だ。ものがどのように見えるかということを研究しています。」ということを紹介しまして、2枚のカードを見せるわけです。
1枚のカードには“標準カード”と書いてありまして、棒が一本引いてあります。
もう1枚は比較カードと書いてありまして、長さの違う棒が3本あり、番号がついています。
そして先生は言うわけです。「標準カードの棒の長さに一番近い比較カードの番号を答えてください。」それで先生はA君に聞くわけです。「A君、何番ですか」と聞きます。A君は「3番です」。
「B君、君はどうかね。」と聞いたら「3番ですね」、「C君どうかね」、「3番ですね」、「D君どうかね」、「3番ですね」、・・・・ずっと回ってきて最後の学生も、迷いながら「3番ですね」。全員3番と答えた。皆さん方はどう思われますか。
3番だと思う人手を挙げてください。
1番だと思う人手を挙げてください。
2番だと思う人手を挙げてください。そうですね、誰が見ても2番ですよ。だけどこの実験は全員3番と答えて終わったんです。
種明かしましますと、最後の人だけがほんとの被験者で後はサクラなんです。
こういう実験をやるから3番と答えてくれということを示し合わせてありまして、実験が進んだんですけれども、当然本当の被験者は何にも知りませんから、見た瞬間「ああ2番だな。簡単じゃないか。」と思った。ところが、1番目のA君が3番と答えた。2番目も3番と答えた。「えー。こいつら、どうかしているんじゃないの。」と最初はそう思うんですけれど、次も3番、次も3番、3番、3番、さあ自分の番。迷いながら「う?ん。3番ですね」と言ったということなんですね。これは集団の圧力と言います。つまり、自分の見たように答えればいいんですけれども、みんながそういうとそれに同調してしまうという行動があります。これは人間にある社会心理学的特徴ですけれども、例えば、自分が巡視に行ってどうもこの患者さんおかしいなと思って、病棟に帰ってきて、「あの人おかしいですね」と言っても「大丈夫だよ」と人に言われると「まあ大丈夫か」と思ってしまうことは簡単に起こりえる。
権威勾配で言いますと、先ほどのテネリフェのジャンボの事例ですけれども、この時も実は、「離陸の許可が出ていないのではないですか」と言ったにもかかわらず、この機長は「そんなことはない!」と跳ね除けるんですね。これがまさにそうですね。機長に対して、強力に進言できなかったという問題がありまして、自分がいい情報を持っていても、それがうまくコミュニケーションとして働かないということが、非常に起こりうる。そういう権威勾配の問題も出てきているわけです。
さらにはパイロットが北と南を間違えまして、山に突っ込んだ例なんですけれども、副操縦士は知っていたんですね。「だったら言えよ」ということなんですけれども、やはりいろんな状況の中で権威があると言えないです。こういうことが人間の中で非常に起こりえるんです。
当然、スタンレー・ミルグラムの権威勾配の実験なんか、その超有名な実験なんですけれども、まず、二人の学生を先生が呼びます。
先生は自己紹介をしまして「私は学習心理学者だ」、「人間がどうやってものを学ぶのかということを研究している学習心理学者で、学習については二つの考え方がある。一つは、罰を与えたほうが早く覚えると言う考え方と、罰は関係ないという考え方があり、今日はデータを取りたい。罰の効果を実験で確かめたい」という具合に学生達に言ったんです。
罰というのも、定量化したいので、電気ショックを使いますということで、学生は電極を握らされまして、先生がボタンを押すと“ピッ”と電気がはしり「ああ、こんなものか」ということを理解させまして、先生は、くじを引かせます。
そのくじを見て、先生は「あなたは覚える側に回ってください」、もう一人は「罰を与える側に回ってください。私はここで見ています。」と言いまして実験が進みます。
どういうスイッチがあるかというと、スイッチに書いてあるんですね。
15ボルトからたくさんあるんですけれども、「かすかなショック」「中程度のショック」ずっといきますと、450ボルトは「死ぬかもしれない」と書いてあるんです。
それで実験がスタートします。
覚えて、テストがあってOK!、テストがあってOK!と進んでいきます。すると“間違えた”となったときに先生役の学生がボタンを押すと、学生役が少し動くくらいです。実験は進んでいき、間違えました。今度はより強い刺激を与えることになっています。75ボルトのボタンを押すと、“ウワッ”と先程より反応は大きくなってきます。どんどん実験は進んでいきます。今度は300ボルト。被験者が「助けてくれ」と騒ぐわけです。
どんどん進んでいきます。そうすると、先生役の学生は「間違えないでくれお願いだ。いやだな。」と思うわけです。それで実験が進んでいって、また間違えた。
それで「押したくないな」と思っていると、そばにいた先生が「押してください。最後まで450ボルトまでデータを取らないと全部データは駄目になります」とかいろいろ言いながら押してくれと言うんです。しょうがないからボタンを押すと「わー!たすけてくれー」。そしてどんどん実験は進み、450ボルト“死ぬかもしれない”と書いてあるんです。「押したくないな」と思うと先生が「押してください。この実験もここで終わりです」ということで実験が終わったということなんですけれど、実験の結果、なんと65%の人が450ボルトの“死ぬかもしれない”というボタンを押したと言うのがこの実験なんです。
種明かしをしますと、これはサクラ。実は電気は全く来ていないのですけれども、何を見たかったかと言うと、先生役の学生がどういう反応するのかという見たい実験だったんです。権威の問題を調べたんです。
その場にいる実験者がこの学生に対して「押してくれ」と権威で押し付けるんですけれども、一体どれくらいの人が、これに対して結果が分かっていること“死ぬかもしれない”ボタンを一体どれくらいのパーセンテージが押すのかと実験が行われたわけでありまして、なんと65%の人が押してしまったということなんです。
これは別名アイヒマン実験と言います。第2次大戦中に大量のユダヤ人をドイツは虐殺したんですけれども、あの中には、やはり良心があってやっちゃいけないなと思っている人がたくさんいただろう。しかし、なんでこのようなことができるのだろう、人間は残忍性があるんだろうと言うことでこの実験はやられたんですけれども、一つわかったことは人間が権威に弱いということです。
なのでこういうことが起こるわけです。
筋弛緩剤事件、結果は分かっているんですよ。ですけどやれっていわれたらやっちゃうんですよ。死ぬのが分かっているんですけれどね。ですからこういう権威の問題なんかもチームの中で出てくるということなんです。
さらに、コミュニケーションの問題としてリーダーシップの問題もありますけれども、逆にリーダーシップが非常に良かったがために助かった例も世の中の産業界ではたくさんあります。
例えば、エアカナダボーイング767の例でも、4万3千フィートで燃料が0になります。しかし、このときの機長が非常にリーダーシップを発揮しまして、全員生還しました。なぜかと言いますとこの機長がコミュニケーションを良くして、みんなの意見を良く聞いて最も良い決断をみんなでやったという協力をやったからです。
それからロッキード1011の事故なんかも、1985年8月12日の御巣鷹山の事故と同じように、操縦桿が全部駄目になりました。ですけど、このユナイテッド航空は、機長が非常にコミュニケーションをよくして約半数の人が生き残れました。ということがありまして、チームプレーもうまく発揮をすると非常に力を発揮するという例です。マイナスの例もありますしプラスの例もあります。
それから特にリーダーにお願いしたいのですが、つまりドクターとかリーダーにお願いしたいんですけれども、これはよく言われることですが、リーダー(LEADER)が最もやらなければならないことは、このスペルアウトを見なさいとよく言われます。
L:Listen
E:Explain
A:Assist
D:Discuss
E:Evaluate
R:Response
Lはなんですか、Listenだ、しかもLが一番最初に来ているということは、まずリーダーのやるべきことはListen、“人の意見を聞け”ということなんです。ところが地位がどんどん上がっていくに従って、人の意見を利かなくなるんですね。リーダーたる人はListenということを、まずやっていただきたいと思います。
もうひとつ、もう個人プレーの時代は終わったという一つの事例を紹介します。航空の事例です。1979年という古い時代のシミュレータ実験、Full Mission Simulationと言いますけれども、ナサで行われた実験があります。Ruffell smithのシミュレーション実験です。
シミュレータを使った現実規模の実験です。民間機のフライトシミュレータをつかいまして、機長、操縦士、昔はフライトエンジニアがいましたから、3名のチームを全米から募集しまして20チームが出ました。
シミュレーションで飛ばしまして、そしてワークロードの問題等を研究することが目的とされていたのですが、実際はこういうことをやったんです。
まず、国内のフライトを飛ばせました、シミュレータで飛ばしたんですよ。ダラスからケネディまで普通のフライトです。実際の実験で何を見たいかというと、実はケネディからヒースロー空港まで飛ぶという間にトラブルをたくさん起こして、このときにパイロット達はどういうトラブルシューティングをやるのかというのが、この時の目的だったんです。
ケネディ空港を出まして国際線になりますとトラブルが多発します。国際線ですから機体重量が重いと滑走路が非常に難しいのですけれども、直前になりまして滑走路が急に変更になりまして、通常と異なるルートが指示されます。もう“バンバン!”これでもか!これでもか!とトラブルを起こすんです。
オイルヒーターが目詰まりを起こしまして、警報が出ます。エンジンを止めなければいけません。もうロンドンまでの飛行を中止しなければなりません。そうすると燃料を満タンに積んでいますから燃料を捨てなければいけません。それから、滑走路の状態が悪い。飛行機は風が滑走路と並行に吹いているときは何のトラブルもないんですけれど、横風になりますとめちゃくちゃ難しくなります。横風になっているんです。しかもスリッパリーラングウェイになりまして、ナンバー3の油圧システムが故障します。オートパイロットが機長も操縦士も全部壊れます。そのほかこれでもか!これでもか!とトラブルが起こりまして実験が終わったんですね。
その結果、『エラーの数はワークロードが高くなると増加する』という一般的傾向と、『クルー間の差が大きい』ということと、『心拍数とワークロードの関係は良く分からない』、『意思決定時間と意思決定の順番がクルーによって異なる』と分かったんですけれども、殆どのクルーは墜落したんです。
ところが、いくつかの少数のチームは生還したんです。それで、研究者達はなぜこのクルー達は生還することができたのかということに興味を持ち始めて、分析を始めました。すると何が分かったかというと、機長のリソースマネジメントが違っていたんです。生還したチームには共通点があった。それは機長はみんなの意見を求め、役割分担をきちんと行い、綺麗にマネージメントを行ったんです。
その当時、機長はマッチョパイロットで「おれが機長だ!」副操縦士は手足だったんです。俺の言うことを聞けというような感じで、一昔前の医師と同じですよ。そういうリーダーシップを発揮したチームは全部墜落したんです。
そうではなくて、民主的にあなたの意見はどう思うのだと、みんなでトラブルシューティングをみんなで考えて、言いやすい雰囲気を作って問題解決をしたチームは全部生還したんです。
そういうことがありまして、航空の安全の為には、もう個人の問題は終わった。チームでやらなければだめだということで、いまコックピットリソースマネジメントというものが非常に盛んになりまして、航空業界ではそういうものを訓練の中に入れなさいとなっています。パイロット用、それからフライトアテンダント用、メカニック用等々どんどん進んできまして、世界の趨勢は完璧にチームになっています。航空はなりましたし、原子力も今はチームでいっています。
おそらく医療も必ずチームでないと駄目だと思います。ですから昔のようなマッチョ型の「おれが〇〇だ」という感覚はもうこれからぜんぜん駄目で、おそらく今後いろんなチームでパフォーマンスを上げるためにはやはりコミュニケーションをちゃんと良くしてこういうことをやっていかない限り、医療は全く取り残されるような感じがしますので、是非チームトレーニングをこれからやっていくべきだ、私は思っております。
私が今まで知っている場所でチームトレーニングがすばらしいと思うのは、実は海上自衛隊の対潜戦術シミュレーションです。これは非常にチームパフォーマンスが良く、実際に乗っていろいろ見ましたけれども、非常にすばらしい専門家同士が絶妙のコンビネーションで問題解決をして潜水艦を打ち抜いていました。
おそらく医療も、これからドクターという機長みたいな人がいて、メディカルエンジニア、看護師さん等が一つのクルーとなって、今後問題解決をするというのが一つの方向性ではないかと思っております。
そういうものをやるとき、チームトレーニングでやる一つの方法が、チームで事例分析をやるということなんかもお勧めです。
チーム間のコミュニケーションを良くするためにチームで病院の起こった事例をみんなで分析する。そしてどこに問題があったのかをみんなで解決しましょうということで、今こういうことをやる病院が非常に増えてきました。
医師が非常に面白いのは、最初はなかなか理解しない。もう私の話なんか、最初は腕を組んで聞いています。ですが理解した途端、もともと頭が良いですから、コロッと変わってどんどん積極的になります。そうしますと、今度は仕切るようになります。私はこういうことをどんどんやりながら、医師の考え方を変えていくことも大事なのかと思います。いま、日本でこういうことをいっぱいやっています。
ですから私は、これからはチームでやるのが当然なのではないかと思っておりますので、是非チームプレーをどんどん進めていただきたいと思います。
それから、もう一つ言いたいのは、医療の中で共通のコミュニケーション上の問題があります。最後にそれを指摘したいと思うのですけれども、医療のバーバルコミュニケーション、口頭のコミュニケーションの中で、無いなーと思うのは“リードバック・ヒアバック”、これが医療は全くかけている。
リードバックとヒアバックはバーバルコミュニケーションの基本です。
これは何かといいますと、航空管制は、まさにリードバックとヒアバックは義務付けられているのですが、例えば先ほど言いましたように、「なになにさんの撮影の準備ができましたので、連れて来てください。」と言ったときに「はい。分かりました」“ガチャ”なんです。
そうではなくてTwo way communication、しかもリードバックとヒアバックですから、「山本洋子さんのレントゲン撮影の準備ができましたので、どこどこに連れてきてください。」「はい。山本洋子さんですね。」とちゃんとそれをリードバックして、そしてそのリードバックされたことをその言った人が、自分の言ったことがちゃんと間違いないよねと確認することがヒアバックなんです。
ですから、あらゆる場面で、リードバックとヒアバックをやらなければならないのですけれども医療システムはこれがないんです。
これはあらゆる、バーバル(音声)コミュニケーションの中でやっていかなければならないんですけれども、是非これを私は広げたいと思っております。こういうものを義務付けて、やってコミュニケーションのエラーでやられないようにしていただきたいと思います。
次、医療安全のための活動は何をしなければならないかということなんですけれども、やるべきことは私が、今、言っているのは医療システムは非常にエラー誘発要因からのディフェンスが弱いものですから、この構造を変えたいんですね。
その構造の中でまず短期的なアプローチを説明します。
現在の医療システムの改善点、それで私は病院をずっと診て回ったのですけれど、それを見て一つの結論が出たのは、最低これをやっていただきたいというのが一つありまして、それは何かといいますと、
職場の書類が整理されているか。
必要な書類がすぐ取り出せるか。
院内の廊下に不要なものが置かれていないか。
使用しきれない什器が置かれていないか。
ナースステーションの掲示は整頓されているのか。
これ一つでも守られていないと、リスクはワーっとあがるです。
“職場の書類が整理されているか。”
これにもし×が付けば、間違った書類に記入する可能性があります。
“必要な書類がすぐ取り出されるか。”
探す時間がかかって、仕事の余裕がなくなって急いでやると間違う可能性がありますということなんです。
ですから、こういうもので自らリスクを上げないでいただきたいということなんです。
例えば、静岡地方にありましたある病院の実例です。
私が病院に呼ばれ写真をぱちぱちとって歩くのですけれども、救急カートの引き出しが開かないんです。上にもいっぱい載っていて、これをどけると点検済みなんて票が出てくるわけです。これ実例ですよ。
また、コードが下に這っているんですよね。これに対して平気なんですね。これに足引っ掛けて抜けたらもうアウトですよ。
張り紙です。廊下に物を置くなという張り紙がしてあって、その張り紙がはがれているんですよ。何も感じてません。
私はこういうものを見た瞬間、危ないなと思うんですね。
消火器の前にものが置いてあるんです。ずっと見ていたんですけれども、その病院の人が、何人も通りましたけれども、誰もどけませんでした。
ということはこの病院のリスクマネジメントはぜんぜんなっていないということです。こういうことが平気で無視されている。これみんな実例です。
皆さん方も病棟に帰ったら見てください。私がまず、皆さん方に提案したいのは、“お片付けしましょう”ということです。私は最もお金がかからなくて、最もリスクをさげる方法は“お片づけ”。5Sだと思っておりますので、是非5Sはやっていただきたいと思います。
これは自治医科大学の事例なのですけれども、流しの下の写真、私これは非常に綺麗だと思うんですけれども、まだ不満があるんですけれども、何かというと物が多すぎる。もう少し少なくできるはずです。そうすると経済的にも絶対に良いはずですね。いっぱい持っていると賞味期限が切れちゃうんですね。
だけど、心配性の看護師長さんがいるといっぱいとって置くんです。ですけどそれはだめですよ。やはりちゃんと考えながらやっていただきたいと思います。
ですから、私はまず病院では、まず5S活動をやりましょうということを皆さん方に言いたいと思います。
整理・整頓・清潔・清掃・躾です。これは武田総合病院という会津にある病院なんですけれども、日本で最初に導入した病院だと理解しています。
5Sを病院に導入することによって、確実にリスクは下がります。しかもお金がかからない。しかも効率が上がるということで、是非皆さん方の病院でやっていただきたいと思っております。
整理・整頓の違いが分かりますか。ちなみに5S活動をやっている病院はどのくらいありますか。手を上げてください。絶対やったほうが良いですよ。
整理・整頓の違いはなにかと言いますと、いるものといらないものを分けて捨てるものが“整理”です。
それで残ったものを綺麗に置きやすくして取りやすくするのが整頓なんですけど、最低、この整理・整頓はやっていただきたいと思います。
そうするとメリットがいっぱいあるんです。
まず直接のメリットとしては効率の向上、品質の向上、安全の向上、こういうものが期待できるわけです。
もちろんチームでやりますから、自主性の向上、リーダーシップの向上、チームワークの向上こういうものが期待できるんですね。
しかも病院のメリットとしては、安全に対するリスクの低減、作業の効率化、患者さんへの感動を与える、気持ちよく仕事ができる、現場改善の原点なんです。実は工場、いままでも日本の産業界では、これを一生懸命50年くらいやってきたんです。
ところが「5Sは去年やりました」では、ぜんぜん5Sを理解していない。5Sは常にやるべきことで、去年やりましたで終わるべき問題ではなくて、毎年毎年確実につづけなければいけない作業なんですけれども、確かに継続は確かに非常に難しいということが言えると思います。
もう一つ、私が気付いたことがあるんですけれど、病院をずっと見ていて気がついたのは、リスクが高いなと気が付いたことと、もう一つはもっと効率よくできるでしょうというところが何箇所か見つかるんです。
効率がよくできれば、時間的余裕ができますから、時間的余裕ができれば、ゆっくりと仕事ができる。ゆっくり仕事ができれば、リスクは低減する。
ですから、私の考えでは、安全と効率は同じベクトルにあるんだということで、私はこういう業務改善もやるべきだと思います。
例えば、これは自治医大の例なんですけれども、今はやってませんよ。
看護師さんが、新人ナースが、一生懸命仕事をしていたんです。
何しているかというと、いまから水薬を配るところで、今その水薬を計測して、計量カップの中に入れているんですね。
どうするかというと、まず、薬の入れ物から、ビーカーに移して、それをカラーシリンジで吸い上げて、例えば5ミリリットルとはかって、それを中に入れて、上からサランラップをかぶせて、名前を書いて、ということを一生懸命やっていたんです。私はひょいと見たら計量カップにメモリが付いているんです。で、あれ、と思ってこの看護師さんに聞いたんです。「なんでこれメモリで直接やらないんですか」と聞いたら、この看護師さんは「メモリでやると不正確です。表面張力等で、うまくいかないので、私は丁寧にこうやっています。」ということだったんです。
それで私は、早速、薬剤部に行きまして、薬剤師さんをつかまえまして、こういう水薬で4.5ミリリットルと5ミリリットルの違いはなんですかと聞いたら、薬によって違うかもしれませんが、まあ大体において、あまり関係はないのではないでしょうかという答えを得ました。
即、止めですよ。即、止めです。
厳密な計量が必要な場合と必要じゃない場合を良く考えて、仕事の中には丁寧にやらなければならない仕事とどうでも良い仕事がいっぱいあるわけですから、これはせいぜい4.5でも5でもいいわけですから、チャッチャッチャッとやって、ぱっと行けばいいんです。
でも、こういうことを丁寧にやるのが良いという具合に理解してしまうといくら時間があっても足りないんです。
だから私は、皆さん方の業務を見直してほしい。そして、余計なことに時間をかけないで、チャッチャッとやるときはチャッチャッとやるべきだと思うんですね。
ですから、ヒューマンファクター工学に基づく改善が必要だと思っております。
まずお片づけ、次に改善だとなると、なんか私企業の工場にいるような感じがするんですけれども、まさに私は日本の企業がやってきたことを、そのまままだまだやれることがあるのでやったら良いと思うんですね。
そしたら、例えばこういうことがいえるんです。これは仮想事例なんですけれども、看護師さんが黄色のタオルがほしいなと思ったら、外から見ても分からないので、箱の中身を確認する必要がある。実に効率が悪いです。
そこで、武田総合病院は、外から見て分かるようにしたんです。
そうしたら、ぱっと探してぱっと持って行けるんです。
この違いに気が付いてください。そうしますと、もし、探す時簡に1分間という時間がかかっているとします。そうするとその作業を1日に50回やっているとすると、50分間という何にも生まない時間が生まれていくんですよ。
それを1年間に直しますと、18250分という、本来ならば患者のケアとキュアに使う時間が、“探す”という何にも生まない時間に奪われているんです。
ですからこういうことを考えながら、業務効率をもっともっと考えるべきだと思うんです。
例えば、自治医科大学では会議室がありまして、これを教室状に変えたら、終わりは、ちゃんと元に戻して帰らなければいけないのがルールなんです。
そこでずっと見ていたんです。そうしたら、教室状にしたので戻しているのですが「あれ、あわない。ずれてる・・・」15分くらいかけてやっているんです。
私はチャッチャッチャッとやって帰りたいんです。どうすればいいんだと思います。簡単ですよね、印しをつければいいんですよ。ということなんで、私が何が言いたいかというと、たったこれだけのことで、15分間かかっていたのが5分で終わるわけです。こういう作業を1日で3回やっていたとするとその差は30分間です。年間でどれだけの時間が節約できるかということなんです。
ですから、こういう小さな改善を是非病院でやっていただいて、全体としては非常に大きな数字になりますから、是非こういうものをやっていただきたいということで、私は安全と効率は同じベクトルだということで、理解していただきたいと思います。
改善をすると作業は楽になります。患者さんに対するサービスが向上します。リスクは低減します。ということで、もう良いことだらけなので、是非やっていただきたいと思います。
あと、最後この話しをして終わります。
バーコードを張っているところを見たんです。
バーコードを貼り付けていたら、途中で人が来まして、何か指示を受けたんですね。指示を受けて「はい、わかりました」と看護師さんは言ったんですけれども、皆さん方、どう思いますこの状況をみて。もし何にも感じないとしたら、皆さん方のリスクマネジメントは相当おかしいですよ。バーコードを貼り付けるという作業は極めて大事です。これで間違ったらもうアウトなのです。私が何を言いたいかというと、作業中が危険なんです。それなので、仕事を分けてほしい。
“この作業は絶対に真剣にやらなければいけない仕事”と、“「昨日カラオケ面白かったよねと」雑談しながらやってもいい仕事”と分けなければいけないんですけれども、その分け方がぼんやりしているので、エラーにやられるんです。
ですから、極めて重要な仕事については、邪魔されない環境を作って、そして確実にその作業が行われるような環境を作らなければいけない。
航空機では「さあ、いまからアプローチ」といった瞬間に、雑談禁止のコックピットルールが出ます。
さあ今から大事だとなると、ぱっと変わるんですね。そして雑談禁止になります。そうすることによって、リスクをさげているんです。
昔、雑談しているために、飛行機が落ちたんです。それなのでルールができました。
ですから、私が言いたいのは、“点滴ミキシング中は私語禁止”、“話しかけられても答えないこと”というルールを作って管理きちんとしてほしい。
そうすることによって確実にリスクが下がるわけですから、是非こういうものはやっていただきたいと思います。
こういうのを大阪で話しましたら、神戸労災病院が、『点滴準備中です』というベストを作ってやっていました。
非常にいい工夫ですから、こうすることでリスクは下がります。100%のリスクをさげることはできませんけれども、一つでもいいからリスクをさげていただきたいと思います。
長期的なアプローチは時間がなくなりましたので、今日は省略して、ここで私のレクチャーを終わりたいと思います。
Q ある病院で、気になることを必ず5個は報告するようにしているということを聞いているが、その他、現在の病院関係の具体的な取り組みは?
A 医療関係で情報を今集めているのは、ヒヤリ・ハット情報を熱心に集めているんですね。
ヒヤリ・ハット情報は自分が経験した情報を言うんですが、私は“ヒヤリ・ハットしなくても”いろんな安全に関する情報を積極的に集める必要があると思います。
企業でよく言うのが「かもしれ事象」「気がかり事象」といったものまでも集めている。
例えばですね、スライディングドアがありまして、そこに手を挟みそうだなと気がついたらはさむのを待つのではなくて、「これ危ないですよ」ということを報告する制度、そういったもの、起こる前に提案していく制度を、今後やるべきだと思います。
自治医科大学ではKYポストということでやっているんですけれども、皆さん方が危ないぞという情報を集める仕組みを病院内で作っていただきたい。
その次は改善情報なんです。
こういうやり方をやるより、こっちのほうがもっと良いですよという改善情報を出して、効率の良い、あるいは安全性の高い情報を集める仕組みを作らなければいけないと思っています。
実際に企業にいきますと、改善点を挙げますと報奨金が出ます。残念ながら医療はお金がないので、無理だと思うんですが、こういうことをやりながら国際競争力を付けるために、そういうことをやって報奨金を出してやっているんですけれども、やはり今後、積極的に現場の情報を集めていく必要があると思います。
それからさらに、改善するためには改善するための知識・視点がなければ改善がうまくいかないので、今後そういったものをどうやって教育していくのかというのが、医療の中で大事なポイントだと思います。
Q 院内処方でスタッフが間違えて処方箋と違う薬を出してしまう例があるが、注意点を教えていただきたい。
A 分析しなければ分かりませんが、一つは似たものがそばにあったり、あるいは行動が先に頭にあってそれで違うものを取ってしまったりということがあると思いますが、一つはそういうもののおき方を考えるということが一つ大きなことだといえると思います。
2番目は、一人の薬剤師さんが採ったものを更にそれをチェックするという二重化をやっていると思うんですけれども、二重チェックをするときの環境を見ていただきたいんです。
私が見たのは、電話があるんです。そうすると作業しているうちに電話に出てしまうんです。そうすると中断作業になるので、エラーにやられるということが起こりえるので、やはりそういうことを良く見ること、さらにチェックをするときには、これは看護師さんにも共通するんですけれども、リスクを先に見なければだめなんです。物を先に見てチェックをすると抜けるんです。
ですから、かならず処方箋のリスクを先に見て物を見るというような勤めだと思うので、そういうものの状況をよく理解することがとても大事だと思います
それに対して、いくら精神論でいけいけと言っても限界があると思いますので、やはり作業環境をきちんと考えること。
それから3番目は“指差し呼称”をきちんとするということです。JRでやっているあれです。そんなに大きな声を出す必要はないんですよ。指差し呼称はかなりエラーが減るんです。データがあるんです。
こういうことを看護師さんにいうと、すぐ看護師さんは反論してきます。「指差し呼称をやっていると忙しくてできません」と言うんです。忙しいときはリスクが最も高いんです。“忙しい”から目の前の仕事をやりながら、頭が向こうに行くんですね。そうすると注意が向こうにいっているということは、目の前の作業のリスクはものすごく高いということに気がついて、では向こうに行った意識をこっちに取り戻すためにはどうすれば良いのかという方法の一つが“指差し呼称”なんです。
呼称は必ず口に出して言うことが義務付けられていまして、さすがに人間は、口に読み上げながら、他のことを考えるのは極めて難しいんです。
ですから、私が言いたいのは、まず環境整備の問題が一つ、それから人間に対する対策では“指差し呼称”をきちんとやってくださいというのが、とりあえずの対応策ではないかと思っております。
最近の医療安全対策
平成20年12月22日

