| ■塩谷郡市医師会長就任にあたって |
現状の私見、抱負、そして皆様へのお願い この度前任の尾形直三郎先生の後を受け医師会長職を務めます山田です。皆様に私なりの現状の認識と今後の方針、そしてこの地域の医療を良くするためのみなさまへのお願いを述べたいと思います。 1)塩谷郡市医師会のおかれた環境と現状 塩谷郡市医師会は那須地区と宇都宮地区に挟まれた南北に広がる地域にあり、医療圏は北の那須に向かう矢板地区と南の宇都宮に向かう高根沢、さくら地区に2分極しています。塩谷地区は中間というところでしょうか。矢板市に新たに第2の出発をした国際医療福祉大学塩谷病院があり、さくら市に伝統ある黒須病院があるとはいえ、この地域のすべての医療需要を満足させることはできず、よりよい医療を求めて北に南に患者さんは流れています。 日中の軽症者や慢性疾患の患者さんはこの地区でほとんど対応ができるのですが、夜間や休日になると無医村に近い状態になり、患者さんは受診できる病院を求めて右往左往することになります。この地区の医療の危機とは救急医療の危機なのです。 それでは塩谷地区単独で夜間も安心して医療が受けられる体制ができるのでしょうか。私は現状では難しいと考えています。救急体制を備えるためには医師、看護師、検査技師、放射線技師が必要になり、その手当を支払うのは莫大になります。程よく患者が来て、フルに稼働すれば黒字になるかもしれませんが、患者がいなければ赤字ですし、来過ぎたら受け入れ拒否をしなくてはならないという事態になります。さらに医師だけに限って話しますが、一人寝ずに働くと翌日は使い物になりませんから、1回の当直は2日分の労働ということになります。ひと月は30日ですから1人当直だと60日分の労働が必要になり、2人当直だと120日分の労働が必要になります。1人が月に2日当直することになると、2人当直では60人の当直者が必要になり、4回当直すれば30人必要になります。当直できるような体力があり、どんな疾患にでも対応できるような経験がある医師を60人集めることは至難の業です。畢竟、一人の医師が何度も当直し、翌日も休めないということになり疲れ果てて救急医療から立ち去って行きます。 そこで考えられるのが集約化と広域化です。広い範囲をカバーする基幹病院に他の地域から手助けに行き診療するような体制を作ることが考えられます。しかし、それぞれの病院はその成り立ちやシステムが違い協同してことに当たることは一朝一夕にはできません。長い話し合いや譲り合っての協力が必要になります。 これは軽症の一次救急を担う開業医にとっても同じです。われわれは休日当番医として年に5、6回働いていますが、週日の準夜にも病院の負担を軽減するために一次救急当番として働けないかという検討がなされました。しかし、20人前後の参加者では、自分の診療以外に月1回以上の当番になること、軽症の救急患者の中に重篤な患者が混じっていて、それを診断治療できなかったとき訴訟にならないかという懸念や、自分の本拠地の診療所から離れて仕事をするのは十分な力を出せないという不安があることから参加者が増えないというジレンマに陥り、時期尚早として見送られました。 現在の医療は専門化され、患者の疾患が専門分野にうまくはまればかなり高度な医療が望めます。しかし、常に病状に応じた適切な治療者が得られるとは限らないのが現状ですから、望むような結果が得られなかった場合の患者や家族の失望は甚だしいものです。福島県大野町病院の妊婦死亡事件や、奈良県の脳出血を起こした妊婦死亡事件で医師が逮捕されたり、手ひどいバッシングを受けたことはわれわれの記憶として残っています。患者を見る前にその場に居合わせなかったらそんな目に合わないで済んだと考える医師がいても、批判できません。 昔なら結果はどうあれ全力を尽くして診療する医師がいて、その献身を評価する人々がいて救急医療は守られてきました。しかし、さまざまな情報が得られるようになり奇跡的な復活を遂げる患者がいるのを知った人々は、望ましくない結果を目の当たりにしたとき自分の受けた医療は間違いであったのではないかと考え、担当した医師や病院を批判するようになります。むろん迷路のような治療の道筋を正しくたどって治療できれば、完治を遂げたかもしれません。しかし、ああすればよかった、こうすればよかったという治療法は結果を知って初めて得られる正解から導き出せる治療法です。緊急の事態では必ずしも正解は得られずに不満足な結果に終わることがあります。そして残念ながら、医療は数多くの失敗から学んできたのです。一人の医師の成功には数々の失敗が伴っているのです。しかし、今では誤診や治療の失敗は許されない風潮になっています。学会でも、失敗した治療の症例報告は裁判での批判材料となることを恐れて、発表されなくなってしまっています。われわれ医師は、多くを学ぶことのできる失敗例を知る機会を失ってしまっているのです。 ペーパーテストでは愁訴や、臨床症状、病歴、治療歴、家族歴、そして多くの血液生化学データや画像データが提示され、正解は何かと問いかけてきます。しかし、臨床の現場ではとりとめのない患者の訴えがあり、医師はそれに対して保険診療でどこまで認められるかを考えながら臨床症状を見て何を検査するかを決めていきます。医師が一人でいろいろなデータを集めているのです。日中の多くの人材が得られる時間帯なら、自分では自信がない検査なら人に頼むことができますし、相談できますが、緊急時にはすべて自分で考えて成し遂げねばなりません。どんな疾患が出てくるか分からないのですから緊張しますし、すべてを知っているわけではないと考える謙虚な医師はしり込みするのも当然です。 むろん一次救急に来る患者はほとんどがありふれた疾患です。通常の診療で苦痛は和らぎ元気になって帰っていきます。救急医のだいご味です。しかし、診断に迷い、治療が功を奏さなかった場合の患者や家族に接して批判された経験のある医師は、もう2度とこんな目に会いたくないと考えてしまうのです。1度の失敗が消極的な医療を生んでいくのです。 救急医療に喜びを感じ生きがいとしている医師もいることは知っています。しかし、かれらもできたら自分の本拠地で気心の知れたスタッフと一緒に仕事をしたいというでしょうし、失敗したらとがめられるような風潮のもとでは、なれない場所で急変した初診の患者を見ても診療するか疑問です。 2)未来への抱負 以上長々と救急医療はなぜなかなか得られないかを考えてきました。しかし、私たちは現状に埋没してしまうつもりはありません。皆さんの理解と協力が得られれば解決する策はあると考えています。その一つが病院問題でも述べた診療の集約化と広域化です。もうひとつが情報の共有化と協同化です。 先ほども述べたように人的資源は限られています。その限られた医師たちが疲労せずに永続的に働く環境が必要です。そのためには当直の回数を少なくして、優秀なスタッフと一緒に働ける環境が必要です。それは患者側からすればアクセスが不便かも知れませんが、どこにでもあるという救急施設ではなく、必要な患者ならいつでも診られるという集約された診療場所です。つまり、広い範囲の医師が集まって、継続可能な条件で働くような集約した診療場所です。そのために私たちは近隣の医師会と協同して救急診療を担えないか検討したいと考えています。 そしてもう一つの解決策は情報の共有化と協同化だと思います。皆さんはいろいろな診療所の診療日、診療時間、専門分野、得意分野などをご存知でしょうか。残念ながらわれわれ医療者も隣の診療所がどのように活動しているか知りません。自分が休んでいるときに働いている診療所の情報があれば、患者に診療情報を与えておけば応急の手当てをしてもらえます。どこがどういう診療をしているか診療所にも市民の皆さんにも簡単にわかるような情報ネットワークができないかを検討したいと思います。 実際日曜日に開いていたり、夜遅くまで開いていたりする診療所があるのです。それをわれわれはよく知らないし、開いている診療所に対して何の特別手当もありません。私は夜間や休日の診療報酬が通常よりも高く設定され、高い診療報酬が得られれば、新たにその時間帯に参入する診療所ができ、かなり救急医療に貢献できるのではないかと考えています。しかし、残念ながら、今の保険システムではどんな時間帯でもその時間帯の診療を標榜すれば、通常診療と同じ報酬しか受け取れません。つまり、深夜でも診療している診療所があっても、それを公に公表してしまうと通常の診療と同じとみなされてしまうのです。ならば、横並びの診療しかできません。 情報の共有化によって診療所間の協働化が可能になるのではと話しました。しかし、患者さんにとって同様な治療が受けられるのかという不安があります。そのために医師側が行うことは相互学習による知識の平準化です。私は医師も一般の人と同じように夏休みや旅行を楽しむ時間的余裕があってもいいと考えています。診療所が互いにカバーしあいながら診療することで患者さんに不便をかけないようにできるのではないかと考えています。 診療所の医師が軽症の患者を見るとしても、必ずその中には病院での診療や入院が必要になる患者がいます。現状ではその後方支援をする機構がうまく回転していません。それは各病院がそれぞれ独立した診療方針を持ち、独自の特色を出しているからです。しかし、救急の場においては独自性よりも普遍性が大切です。各病院が協調して救急医療にあたれるような組織作りができないかを模索したいと思います。 3)皆様へのお願い 以上述べてきたように、救急や夜間診療では十全な医療が受けられない可能性があるので、できるだけ通常の診療時間内に診療を受けるように努めていただきたいと思います。午前中に診療できれば、緊急で血液検査の結果を得ることもできますから、午後には次の手を打てるのです。 そして、夜間や休日診療は医療側では100パーセントの力は発揮できないので、不満足な結果に終わっても医師をとがめないでいただきたい。及ばずながら努力したことを評価していただきたい。鞭打たれれば医師はますます救急医療から立ち去ってしまうと思います。立ち去った後に残るのは、荒廃した医療なのです。 次に、医療行為による死や障害に対して刑事事件とするような風潮を改めていただきたいと訴えたいと思います。大切な人の死や障害は家族にとっても本人にとってもつらく耐えがたいものがあるのはわかります。しかし、困難な状況下で正解が不確定的な医療行為を行って刑事事件化され、逮捕されるかもしれないと考えることが医師にとってどれほど重荷になっているかを考えていただきたい。リスクを冒す医療を担う人間がいなくなることがどれほど患者側の損失になるかを考えていただきたい。失敗の可能性が常にあり、それを恐れながら行わなければならない医療があります。それを担う医師が少なくなることで、残った医師の負担が増し医療が崩壊していくのです。産科医療の分野では今や栃木県内では充足できず、救急車が東京まで3時間かけて走ることがあるとのことです。 むろん医師側も自らを律さなければなりません。同じ間違いを繰り返すものや、不道徳的なものなど不埒な医師は再教育を受けなければなりませんし、医療停止を受けなければなりません。もっともっと勉強もしていかねばならないのかも知れません。医療側も変革して自浄していかねばならないと思っています。 4)まとめ この地では十分な医療を行うような環境は整ってはいません。特に救急医療においては顕著です。しかし、医療情報の共有化、医療の共同化、広域化、集約化によって少しずつでも改善していきたいと考えています。まだまだわれわれにやれることはあるはずです。 皆さんも不必要な救急診療を避けるなど適切に医療を利用してください。また医療に過大な期待を持つことによっておこる、期待が裏切られた時の激しいバッシングをやめてください。医療は不確定的なものであり、すべてが順調にいくことなどないのですから。そして、第一線で頑張っている医師にやりがいを与えていただきたいと思います。また、そのような医師が報われるような仕組みを作るのに力を貸していただきたいと思います。 以上長々と述べました。皆さんの忌憚ないご批判、建設的な意見が頂ければ幸いです。皆さんと一緒に大切な医療を守っていきましょう。 |
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