記事自体に問題があるわけでは有りませんが...

 どうもひっかかる話があります。 血友病エイズ裁判の結果とその報道がそれです。 裁判官は勿論のこと、マスコミ報道にも、少々、事実認識が甘いのではないかと思われる点があります。

 御存知の様に血友病エイズ裁判では、被告の安部は無罪となりましたが、判決の要旨報道をそのまま読むと、御笑い草としか言い様がない裁判官の無知がさらけだされています。 確かにエイズ抗体発見当時は、この抗体陽性者のうち、10%位しかエイズを発症しないのではないかと言われていました。 となると、非加熱製剤投与は、一見、リスク/ベネフィット問題に帰する事が出来そうに見えます。 この論理を基に、非加熱製剤を投与し続けたのは、当時の常識として止むを得なかった、だから無罪というのが判決のようです。

 でも、変ですね。 血友病は、毎日凝固因子を投与しなければ「必ず極端な若死にを起こす病気」ですか? 私が医師になった頃は、抗凝固因子の供給量が少なく、連日投与なんてことはやっていませんでしたが、血友病の患者さんが極端に早死にするとは考えられてはいませんでした、つまり、生命予後の観点からすれば、血友病はそれほど危険なものではないと認識されていましたし、今もそれは変わりません。

 安部は、国会での参考人招致(証人喚問?)の時「(非加熱製剤を注射しなければ)患者さんが死んでしまうんですよ!!」と、金切り声を上げました。 これは大嘘です、患者さんは死にません。 私がもし国会議員で、あれが証人喚問だったら、その場で虚偽の主張をなした事をもって、即座に偽証罪で告発する動議を出した事でしょう。 あの瞬間は本当に腹が立ちました。

 ですからこの裁判は、本当は、もともと死に至る病でもない患者さんについて、救命よりもQOLの改善が主である治療を続け、それが「極く一部」の患者さんの死を招く可能性があると判った時点でどうするかが問われるべきだったのであって、必ず死に至る病気のリスク/ベネフィット問題ではないのです。

 さて、あの時点では、仮に感染率(抗体陽性化)が10%(実際は40%程度との事)で、そのうちの死亡率が10%(実は100%近い?)、つまり全使用者の1%が死亡すると推計するのが妥当ということになります。 この1%という数字は、救命よりもQOLの改善が主である治療にしては、多いでしょうか少ないでしょうか?

 インフルエンザの集団予防接種の事を思いだしてみて下さい。 予防接種は健常人に行うものであり、個人にとってはインフルエンザの発症防止という、やはり有る程度のQOL改善が期待され、流行防止という社会防衛上の意義を持ったものでした。 あの接種の副作用死の発生率は数十万分の1だったはずです。 この集団接種は東京高裁の馬鹿な判決のために中止となりました。 結果、集団接種中止後に、副作用死より遥かに多くの人命がインフルエンザで失われているのは、医師なら誰でも御存知でしょう。

 話がずれかかりましたので元に戻しますと、勿論、行政訴訟と刑事訴訟の違いはありますが、発生率数十万分の1で広範な使用が中止される医療行為がある一方、死亡率1%の仮説で責任を問われない、これは変ではありませんか? 医療の根幹はQOL改善ではありません。 QOL改善は、救命が出来た後の「贅沢」部分です。 また、医療にはかならずリスクが伴います。 臨床医というものは、常にこのリスクとベネフィットを考慮して患者さんの治療にあたらねばなりません。

 安部が昔を思いだして、非加熱製剤の使用中止もしくは使用制限に賛成していたら被害は遥かに少なかったはずなのに、好意的解釈をしても、老い(=老人性痴呆)の一徹で突っ走ったのは、臨床医として許される限度を超えています。

 裁判官もマスコミも、この事件が医療としてはQOL改善レベルで起こった事件であることを認識しているとは到底思えません。 極端な言い換えをすれば、エステでの偽医療行為で死者が続出したようなものです(そのうち出ますよ、胎盤エキスからのプリオン侵入だって有り得るのですから)。 QOL改善は、医療の根幹に拘らない以上、つまり、ベネフィットが小さいが故に、より危険の少ないものでなくてはいけません。 裁判ではこの視点が無視さてれいるようですし、マスコミも、被害者の感情面を強調しすぎたため、焦点がずっとぼやけ続けているように思えます。

 私個人としては、自然科学者として、また、臨床医としての基本を踏み外し、何等の反省も見えない安部は死刑、こんな馬鹿な判決を下した裁判官も法曹資格永久剥奪といったところでしょうか。 一方、この事件では、「権威」に逆らえない「医療界」の体質を問題視する報道もありました。 この視点は御笑い草です。 大本営発表をそのまま流したのは誰でしたか? 「政治にリーダーシップ」を求めているのは誰ですか? そこいらの三流五流の大学教授や助教授とやらのヨタ話を有り難がって報道しているのは誰ですか? 権威を欲し権威に群がりたがっているのは、あなたたち文科系人間なのではないのですか? そろそろ、自分自身を縛り付けている思考パターンの功罪を再検討してはいかがでしょう。(MAX)