毎日新聞 <外来薬剤費 水増し請求横行か 明細書省略「205円ルール」>

 毎日新聞は7月16日、上記の記事を掲載しました。 私は毎日をとっていませんので、ネット上で閲覧した記載について述べます。

 医療機関は、患者さんに医療行為を行うと、患者さん毎で歴月毎に医療費を集計した「明細書」を1枚作成して、健康保険組織(保険者)に保険負担分を請求します。

 この明細書への記載事項は、ゴチャゴチャしたつぎはぎだらけの規則で決まっています。 この数ある規則の一つが「205円ルール」で、記事では<患者1人の1日分の薬剤費が205円以下なら、医療機関がレセプト(診療報酬明細書)の薬剤名や投与量を省略できる>というものだそうです(これは記者の不勉強で誤りです。後で説明します)。

 毎日新聞は、この「ルール」を悪用して、<複数の医療関係者によると、医療機関が実際には安い薬剤を処方したのに、205円を超えない範囲で高い薬剤の保険点数をレセプトに記入し、差額を不正に得るケースが少なくない。 中には、患者に薬剤を全く出していないのに架空に請求する医師もいるという。 不正請求の経験がある東京都内の開業医は毎日新聞の取材に「ルールを使って年間1500万円近くを得た。同じことをしている病院はいくらでもあるが、不正をしやすくしている制度の問題だ」と証言する。>と報道しました。

 「横行」を窺わせる事実として<財務省などによると、医療機関が外来患者向けに病院内で出した薬剤の保険請求額は、99年が推計で約3兆4000億円。このうち「205円ルール」で請求されたのは約1兆6860億円に上り、全体の49・6%を占めた。厚生労働省の資料では、この割合は94年が36・6%で96年まで30%台だったが、97年に42・6%、98年には50・0%に達した。割合が急増したのは、薬価差益が少なくなってきたため、「205円ルール」を悪用した請求が増えたのが一因とみられる。>を上げています。

 さて、変ですね。 まず、「205円ルール」ですが、これは<患者1人の1日分の薬剤費>ではありません。 薬は、同じタイミングで使用するものは、たとえ何種類の薬を同時に飲ませようと、1日分や1回分の金額が205円を超えないものを「1剤」と言います。 205円を超えた場合は、1種類なら1剤のままですが、たとえば「3種類合計」で超えるなら「3剤」となります。

 医師以外の方の為に例を上げて説明します。

 例えばメバロチンというコレステロールを下げる薬があります。 これは広く使われている薬で、発売当初から爆発的に使用され、C型肝炎用のインターフェロンと並んで、医療費を急激に押し上げた有名な薬です。

 これは現在1錠90.1円で、1日2、3錠使用します。 1回1錠1日2回朝夕食後だと180.2円で、他に同じ飲み方をするものが無ければ、205円未満なので、これは1剤で「205円ルール」によって、明細書に「メバロチン錠 18x14」ではなく「18x14」とだけ書く事になります。 「18」は一日の点、1点は10円で1円の位は4捨5入、「x」は「掛ける」の意、「14」は日数です。 

 ところで、この患者さんが、高脂血症だけではなく高血圧もあったとして、ノルバスクという血圧をさげるポピュラーな薬を使っていたとすると、これは5mg錠が98.9円で1日1錠ですから、当然、「10x14」と書くことになります。

 この二つは服用方法が違いますから、明細書の記載上は一日分として合計することは出来ず、「18x14」と「10x14」の2行を書くことになります。 そして、1日の請求点数は、18+10=28点、つまり280円となって、「205円」を超えます。 つまり、「205円ルール」は<患者1人の1日分の薬剤費>では無いのです。 この記者がいかに不勉強であるかの証拠です。

 一日分の薬剤は、「剤」の概念からすれば、使用方法は「朝食前」「朝食後」「昼食前」「昼食後」「夕食前」「夕食後」「就寝前」「朝昼食前」「朝昼食後」「朝夕食前」「朝夕食後」「朝昼夕食前」「朝昼夕食後」「朝昼夕食後と就寝前」「12時間おき1日2回」「8時間おき1日3回」「6時間おき1日4回」「4時間おき1日6回」等々、多数に分けられます。 この各々に「205円ルール」が適用されるのですから、<96年まで30%台だった>のは当り前です。

 さて、その後の「急増」の原因ですが、これは「政府の方針」で全ての薬価が「急激に下げられた」為であって、不正請求が増えたわけではありません。 先のメバロチンも、96年には1錠105.7円でした。 先の例と同様に1回1錠1日2回使うと、96年では1日211.4円であり、「205円ルール」を使わず、明細書には「メバロチン錠 21x14」と書いていたのです。 これが、「薬価が下がった」ために今は「205円ルール」で「18x14」と書く様になった、だから、「205円ルール」の割合が増えたのです。

 他にも、例えば、コニール錠4mgという、これまたよく使われる降圧剤があります。 これも96年は1錠108.6円でした。 これを1日2錠使うと、96年は「コニール錠4 22x14」と書いていたのが、今は1錠87.8円ですから「205円ルール」を使って「18x14」と書きます。

 こんな例が沢山あるのです。 以上は1種類の薬の話ですが、数種類の薬を同時に飲ませる事で「1剤」とされるものもあり、これらの中にも、薬の構成は同じなのに、96年はそれら全ての名称を書いていたのが、今は書く必要が無くなったもの等々。

 もともと、日常診療上、「1日分」なら別ですが「1剤」で205円を超えるのは、そんなに多い事ではありません。 全ての薬価の急激な低下に加えて、患者さんの為を考え、薬を絞れば、なおさら「205円ルール」を使う機会が多くなるのは当然の事です。

 さて、同記事では<「205円ルール」は、手書きでのレセプト処理の負担を軽くするために導入された。しかし現在、医療機関の6割、レセプト総数では8割が電算処理されており、健康保険組合連合会は「今後も続ける理由がなく、不透明な制度は放置できない」と、中央社会保険医療協議会で撤廃を主張している。>とあります。

 この書き方は完全な片手落ちです。 実は私は開業当時「205円ルール」を知らず、自作した医事会計ソフトで、全薬剤名を明細書に打ち出していました。 しばらくしたら、余分な事が書いて有ると審査に手間取るから「205円ルール」を使ってくれと言ってきたのは、審査機関側です。 おかげで、約1週間、診療の合間にプログラムを書き直す手間を負担させられました。 医療機関側の手間の軽減だけではなく、審査側の手間の軽減もあったのではないのですか? 

 さて、記者の常識の問題ですが、不正請求の証言(証言?、記者は警察官か裁判官の積もりかね?)をした下りですが、犯罪者はえてして「こんなことは誰でもやっている」と話を一般化したがるものです。 こんなものは全て極端な誇張に過ぎないという常識が欠けているのではないですか? 例えば、万引をした者の殆ど全部は「誰でもやっている」と言うものです。 しかし実際は全人口の3割以下しかいないでしょう。 ましてこの話は万引どころでは無く高額な話です。 もし事実なら、裏を取りましたか? しかもこの表現スタイルは、テレビの怪しげな報道スタイル(音声を変えてモザイクを入れて容疑者等の大風呂敷を放送する例のスタイル)そっくりですね。 放送しっ放しのテレビやラジオと比べて、新聞はもっと深い取材と品格ある報道をするものと思っていたのですが、それは私の買い被りだったようです。 こんな大風呂敷を無批判に記事にするのはいかがなものでしょうかね。

 もし、この事件で裏がとれているなら、今やっているとされる病院なり医院なりではどう言っているのか実名で報道して下さい。 裏なんて簡単にとれます。 その医療機関の近くに張り込んで、出てきた患者さんに協力を依頼し、患者さんの協力が得られれば、その月の薬と服用方法を全て記録しておき、3、4カ月後に保険者に明細書の開示を請求すればよいだけのこと、不正があれば簡単かつ100%発覚します。 裏なんてこんなに簡単に取れるものなのですから、まさか取っていないとか伝聞だけで記事にしたのではないでしょうね。

 この方法で裏が簡単にとれる事は、医師なら誰でも知っていますし思い付きます。 これは、健康保険が始まった頃、保険者が不正摘発目的で多用(と言うどころか乱用)した古典的手法です。 この手が有ることを医師は知っていますから、この種の薬剤のごまかしは余りに稚拙過ぎて、これをやる医者は殆どいません。 <横行>なんてものは存在しないのです。

 以上が反論の主たる部分ですが、日本語についてもう一言。 表題のうち<明細書省略「205円ルール」>と書いたのは明かに誤用です。 これでは「205円ルール」を適用すれば、明細書全体が省略されるかの様な誤解を招きます。 「205円ルール」を適用しても、明細書は提出せねばなりません。 記者は日本語も勉強しなおす事をおすすめします。 (MAX)