毎日新聞「余禄」の偏見と無知

最近の毎日新聞のスタンスは、医師=悪者という構図で統一されています。
医師側の言うことは何でも悪いのです。
ですから、4月からの社保本人3割負担に対しても、医師が「3割負担をやめろ」と言っているので、3割負担が良い方法で、負担を今までのままにするのが「悪」なのです。
ということは、負担凍結を主張する野党側も悪なのですが、あまり、そういうことは言わず、自民党の中でも「3割負担を見直そう」と言っている議員が「悪」なのです。日本医師会の族議員だからです。

ところで、平成15年2月15日の毎日新聞の『余禄』は、ひどいものです。
何を言いたいのか、まるでわかりません。

冒頭は「インフルエンザが流行していて、お医者さんは本当に大変だ」と書いてあるのですが、しかし、何を言いたいのかわからない。インフルエンザで儲けているのだろうとでも書こうと思って、やめたという感じです。

次の章は「『医は仁術』といってもかすみを食っては生きてはいけない。赤ひげもゆすりまがいで町奉行や金持ち商人から金をせしめた。しかし、貧乏な病人をただで診療するために必要だった」と書かれていて、良き医療には今も昔も金がかかるのだ」という。
この後に、だから3割負担は必要だと言ってますが、それじゃ、社保本人は、弱みを握られた町奉行や商人なのでしょうか??

良い医療には金がかかるのは当然ですが、今も昔も同じではなありません。
昔は良い医療もそうでない医療もなかったと思います。
薮医者と名医はいたでしょうが。
昔の医療は、今よりもずっと無力であったし、病人の治療以前に、社会衛生の充実をさけんだのが、山本周五郎の『赤ひげ』であったはずです。

昔の医療に金なぞかかっていません。薬の代金だけがかかるだけだったのです。
なにしろ、レントゲン写真も、血液検査も、ましてやCTやMRIなんて無い時代なのですから。

その次に、「医療財政の危機を救う方策の一つが、社保本人の3割負担である」と書かれていて、それに反対しているのが、医師会と、その代弁者である自民党の一部議員であると、主張しています。
うそをついては困る。
医療保険の危機が3割負担実施で回避できるのでしょうかね・・・。

また、「負担が増えると医師にかかるのを控える。これを『受診抑制』と呼ぶらしい。」とも書いてあります。
さも、医師会の造語という印象を与える書き方ですが、誰が作った言葉でも、『受診抑制』が起きたら、誰が一番損害を蒙るのか、よく考えて欲しいと思います。
ほかならぬ、『受診を抑制してしまった病気になっている人』でしょう。

また、最後のほうでは、「議論を重ねた末の法改正だったはずなのに、今になって反対勢力の尻馬に乗る『国民選良』が何よりうとましい」と結んでいる。
「余禄」の著者は、何も知らないで文章を書いているということが良くわかります。
今の医療保険制度、医療保険の点数の仕組みの複雑さ、
レセプト作成後の請求書の書式の気の遠くなりそうな煩雑さ、
大きな矛盾、4月改定が(「余禄」は改正と言っている)もたらした矛盾のために、8月までその解釈が定まらなかった厚労省(すでに、4月から実施されているのに)、
そういうことを知ってて、改正されたと言っているのでしょうか。

医師会の意見と私の意見は違うかもしれませんが、
私は、まず、診療報酬の根本的に「改正」し、もっとシンプルな制度にし、その上で、何割負担、上限はこのくらい、と決めるべきだと考えています。

今までの改定は、これだけの予算に合わせるには、ここを減らして、ここを増やして、そのかわりこういう条件をつけて、なんてやっていたために、医療制度がごちゃごちゃになってしてしまった、ということを「余禄」は知るべきだと思います。

乳幼児の負担割合、
薬剤の一部負担の制度(4月から無くなる)、
前期高齢者の保険点数、後期高齢者の保険点数、
その自己負担の割合、その他いろいろな窓口でのチェックポイントを、間違いなくこなせる人間が、どのくらいいるのか、「余禄」は知っていないと思います。
「すべて、コンピューターにやらせろ」という人もいるでしょうが、最終的に判断するのは人間です。
その人間が理解できていなければ話にならない。
まして、冒頭のように、ただでさえインフルエンザで窓口は混雑しているのだから。

余禄はこうも書いている。
「『医師は医業にあたって営利を目的としない』と医師会の医の倫理にあるではないか」
当たり前です。だから、株式会社が病院を経営できないことになってるのです。

以上の文章の議論の論点があちこと散漫なのは、私のせいではありません。
「余禄」が論点を絞ってないせいです。

ここで、私が、論点を一つに絞って、反論しましょう。
「社保本人の3割負担凍結をいうのは『受診抑制』のためだ」
という余禄の主張は正しい。
医師側も、患者が少なくなり経営が成り立たなくなるから反対、というのも正しい。
しかし、それは、一面でしかない。
角をためて牛を殺す議論であると思います。

本来、社保本人は、仕事で忙しいはずです。
それが、受診しようというからには相当な症状があったり、会社の検診で異常が見つかった場合でしょう。
それが、受診しなくなったらどうなるのだろうか。
「余禄」は考えているのでしょうか。

このところ、毎日新聞の医療記事は、妥当性を欠いているものが多いと感じます。
それは、一部しか取材しないで、それを信用して書いているからだと、医療の事情や、医師会の国政に及ぼす力なの無さを知っている私には良くわかります。
前にも書いたけど
「毎日新聞はどうしちゃったのだろうか」

        http://dome.ruru.ne.jp/tomura/(薮野)