お知らせ

日本医師会医療安全推進者養成講座講習会

日時

平成24年11月10日(土)午後1時?午後5時

場所

日本医師会大講堂

概要

 標記講習会が開催され、本会からは宮原常任理事及び事務局が出席した。
 会に先立ち、葉梨常任理事の挨拶(会長挨拶代読)で開講された。
 各講演の概要は以下のとおり。

第1部 我が国の医療安全施策の動向
講師:宮本哲也 氏(厚生労働省医政局総務課医療安全推進室長)

 宮本氏は、警察庁の資料から医療事故関係届出等(警察で捜査を開始した件数)については、平成18年までは右肩上がりだったが19年以降は減少しており、これに倣うように、民事訴訟の新受件数も平成16年をピークに、その後減少傾向にあると報告した。
 また、民事関連訴訟の損害賠償に利用される損害保険の保険金額が昨今下がってきていると説明し、件数そのものが減ってきていることに加え、1件あたりの保険金も減少していることを明らかにした。
 これは事故等があった場合、以前と比べ、医療者からの患者や家族に対する説明が積極的に行われていることに起因しているとの見解を示し、迅速且つ真摯な説明を行うべきであり、この事が事後の関係を悪化させない手段であると述べた。
 医療に対する満足度(受療行動調査)については、平成20年までは、上昇していたが23年度の調査では下がっており、患者の期待と医療の対応に以前よりもギャップがあった可能性を示唆した。
 医療事故に対する見方としては、以前は事故等が起こった際は、個人の注意力不足を問い詰めることで安全管理体制を維持しようとして来たが、現在は組織全体での対応が不可欠となってきていると述べ、チームや組織全体のあり方を改善しなければ、事故の防止はできないとの見解を示した。
 医療法の面からみると、医療安全の確保に関しては18年の改正で一定の結果を見たと説明、安全管理及び院内感染のための指針の整備や委員会の開催、加えて医薬品や医療機器に係る安全管理についても責任者の配置や研修の実施などについて説明し、これらに基づく診療報酬改定(平成24年度)点の例として、医療安全対策加算及び感染防止対策加算、また医療機器安全管理料及び患者サポート体制充実加算を挙げた。
 その後は厚生労働省の事業として、医療事故情報収集事業、医療安全支援センターの設置などについて説明した。この中で収集事業については、報告された事故事例やヒヤリハット事例は増加しているが、事故など事態が増えたわけではなく、報告数が増えてきたと判断していると説明するとともに、インターネットでの情報提供を紹介し、医療機関での活用を求めた。
 医療安全支援センターについては、設置状況や事業について説明があり、事業の1つであるADR機関の連絡調整会議を挙げ、現在、全国に11の医療ADRがあると説明し、患者側からだけではなく、医療機関側からのADRの利用も可能であると述べた。
 さらに無過失補償制度についても触れ、現在、「医療の質の向上に資する無過失補償制度等の在り方に関する検討会」及び「医療事故に係る調査の仕組みのあり方に関する検討部会」において検討を進めているとの説明にとどめた。
 その他、死亡時画像診断や産科医療保障制度の概要とPMDAの事業等に関する説明があり、最後に医療安全の向上は地道な取り組みの継続と紛争解決への医療機関一丸となった迅速かつ真摯な対応が、患者・医療者双方の満足向上につながり、効果的にパフォーマンスを向上させるとの見解を示し講演を終えた。

第2部 医療安全支援センターの役割と医療機関との連携
講師:松浦知子 氏
    (東京大学大学院医学系研究科医療安全管理学講座特任研究員)

 松浦氏は、まず医療安全支援センターの設置要項及び設置状況及び各センターにおける相談件数・窓口担当者の配置状況等について報告し、全国に372箇所(都道府県設置47、保健所設置市区56、二次医療圏センター269)のセンターがあり、現在では相談員同士のネットワークとして研修会やメーリングリストを利用し、相互の情報提供に努めていると述べた。
 その主な業務は、患者・住民からの苦情や相談への対応であり、年間寄せられる相談は9万件であり、それをもとに医療機関と患者の双方に啓発を行っていると述べ、支援センターから医療機関に連絡があった場合、適切な措置を行っていただきたいと要請した。
 その中から具体的な事例を次のとおり紹介した。
<相談事例>
 患者さんから「以前、外来化学療法を受けた際、ブドウ糖液の使用期限が切れていた」と相談があった。
 医療安全支援センターから当該医療機関に問い合わせ調査を依頼。
 医療機関側が積極的に調査を行い、次のような誤認があったことが判明した。
  患  者「ロット番号=K9193、使用期限=平成20年11月12日」
  調査結果「ロット番号=K9L93、使用期限=2011.12.」
 この事例に対し松浦氏は、当該医療機関が、治療中の病院には直接言えない患者の立場や行動の裏に隠れた患者心理(化学療法に対する不安、副作用による辛さ・不安、高額医療に対する怒り、家族関係の悩み、相続問題等)等を学ぶ機会となったと説明した。
 また、医療安全支援センター総合支援事業プロジェクトチームの活動について説明があり、相談対応ガイドブックや市民・住民への教育啓発研修「賢い患者になるために」と題したスライド集などを紹介、医療機関において出前講座も実施していることを報告し、積極的な利用を求めた。
 スライド集の中には、「上手な医者のかかり方10か条」
  1.伝えたいことはメモして準備
  2.対話の始まりは挨拶から
  3.より良い関係作りはあなたにも責任が
  4.自覚症状と病歴はあなたを伝える大切な情報
  5.これからの見通しを聞きましょう
  6.その後の変化も伝える努力を
  7.大事なことはメモをとって確認
  8.納得できないときは何度でも質問
  9.治療効果をあげるため、お互いに理解が必要
  10.よく相談し、治療方法を決めましょう
などが掲載されている。

第3部 レポートシステムの位置づけと活用
講師:長尾能雅 氏(名古屋大学医学部付属病院副病院長)

 長尾氏からは、医療事故による死亡者は年間40,000人とみられており、これを日本人の死因(2009年人口動態統計)は、悪性新生物(342,849人)、心疾患(181,822人)、脳血管障害(126,944人)、肺炎(115,240人)、不慮の事故(38,030人)、老衰(35,951人)であり、不慮の事故より多いことになることが報告された。
 次に、情報の遮断の危険性について説明し、情報の遮断を[チーム内での情報遮断]、[院内での情報遮断]、[患者への情報遮断]、[社会への情報遮断]の4つの段階に分け、小さな連絡不足から病院にとって5,000万円規模の賠償に発展した等の事例を挙げ説明した。
 また同氏は、セーフティーマネージャーとして直面したある事故について触れ、事故が判明した直後、安全管理部に連絡があり、セーフティーマネージャーの権限で、すぐさま感染制御医、循環器内科、心臓血管外科医、放射線技師、看護部、放射線医、薬剤師等を集め、対策を検討し、事故の悪化を防いだ事例を報告し、医療事故の教科書はなく、専門家であっても適切な判断ができるとは限らないと述べ、そのうえで事故直後の対応が重要であり、事故が発生している中にあっては、エース級を集めなければならないと言及した。
 さらに、レポートシステムにおいて、医師からの報告が少ないという事は、病院側が重要な情報を把握し出来ていないという事になると述べ、医師からの報告は重症疾病をキャッチすることができると説明、それには、良い報告が行われないと説得力の無い安全管理体制になってしまうと注意を促した。
 インシデント共有の重要性を示す実例として、代理ミュンヒハウゼン症候群により子供を死亡及び重症化させたとして母親が逮捕された事件を挙げ、原因究明には役割分担をきちんと行い、小児科は小児科の視点から、安全管理部は安全管理部の視点から、それぞれ可能性を考えることが重要であると述べた。
 最後に高いリスクと、「信頼の中で一枚のレポートが命を救う」と述べ、講演を終えた。

第4部 医療事故の真実と教訓
      ~ジャーナリストの眼から見た医療安全の考え方~
講師:隈本邦彦 氏
    (江戸川大学メディアコミュニケーション学部教授)

 隈本氏は、まず医療事故や安全管理に対する考え方について触れ、よく言われる[人は誰でも間違える]、[事故は単独要因では起きない]という考えは、全くその通りであると述べ、しかし現場の医療者は内心では「でもあいつのせいだ」とか「あいつが来てから事故が多い」と考えがちであるとして注意を促した。
 また[安全管理の仕事はマニュアルを遵守する“守りの仕事”]とも言われ、「つらいばかりで一生懸命やっても褒められない」等と考えがちであるが、本当は多数の患者の命を救う“画期的医療行為”であると述べた。
 同氏は、史上最悪の航空機事故と言われるテネリフェ空港ジャンボ機衝突事故を例に挙げ、事故を引き起こす要素は山ほどあり、どれか一つでも欠けていれば事故は起きなかったが、それもにもかかわらず583名が死亡する大事故を引き起こしてしまったと説明し、事故は単独要因では起きないという点を強調し、むしろ単独要因だけで起きるのはまれであると述べた。
 医療事故報告制度については、2004年10月から全国の約270病院でスタートしたが、あくまで自発的な報告制度であり、病院数では全国の約3%からしか報告が上がってこない状況を説明し、2010年では報告件数0件という病院が66箇所もあったことを報告した。これについて同氏は、自発的報告制度では、真面目に対応した病院がばかをみると指摘し、報告内容を見ても比較的単純な事故ばかりが報告されることや実態が明らかにならないため、効果的な再発防止策に結びつかない点など、多くの問題を指摘した。
 日本で初めて2006年3月に取りまとめられた厚生労働省研究班報告書では、全国30病院を無作為抽出(協力が得られたのは18病院)し、退院した患者の4389冊のカルテを分析を行ったところ、41人に1人の割合で医療事故が起こり、そのうち627人に1人の割合で死亡例が起こっているという結果が出たことを報告した。これは、テネリフェ空港事故のような500人乗りジャンボ機がほぼ毎週墜落している状況にあると述べ、医療従事者は昔と比べ忙しさが増しており、さらに新しい医療機器がどんどん出てくるため、覚える事項も増えてきているが、これを上回る教育等を行わなければならないと主張し、これら教育を含めた医療の安全管理にこそ[ヒト]・[モノ]・[カネ]をつぎ込むべきであると言を強めた。
 その後、間違いやすい薬品の名称、薬容器等の事例報告があり、最後に、あるべき対策として、事故報告制度の全体像の把握と共通要因の発見とシステム的対応等に関する抜本的改善及び個別の原因調査の徹底を挙げた。また、個別事例の調査では、正直申告が大前提で、そこから再発防止策の発見及びシステム的対応の実現の重要性を説いた。

 最後にシンポジウム「安全力を高めるために」が行われ、閉会となった。